聖域都市

 ニューラグーン州は一応帝国領であるのだが、実際のところは他の共和国、皇国という三大国家が自分に近い部分を自治領と称して領有権を主張したり、特権自治区と呼ばれるものが、学園都市と避暑地のふたつあったりで、複雑怪奇な地域である。

 それゆえにニューラグーン警察は本来帝国の司法組織なはずなのに、連合警察の支庁が、代わりのようにニューラグーンの治安維持にあたっているのであった。


「ニューラグーン警察のものですが、入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、はいどうぞ」

と、ニューラグーン市街にある『ストッゲート』という小さなホテル(来訪者であるオーナー言うところの『旅館』)の一室に入った亜季は、部屋の惨状を見て、かるく首をかしげた。

「あ、検死官さん、状況はどうなっているのでありますか?」

「うん、そうかそうか」

「あのう……」

「どうした?」

 鬼太郎のような髪形の検死官が、ようやく亜季に気づいたように、そう返す。

「ふう、やっとこちらの話も聞いてもらえるでありますか。この部屋の状況を教えてほしいんですよ」

「ああ、そんなことか」

「そんなこと……」

「被害者は、キーティングとかいう州議員。脳天にじゅうだんを一発ぶちこまれてるのが、死因だな」

「なるほど」

と、亜季は軽くうなずく。

 その時、制服警官が、大声で、彼女の名前を呼んだ。

「阿武隈捜査官!」

「にゃ、なんです?」

 猫耳を立たせながら、亜季は制服警官にそう返す。

「被害者の奥さんが、支庁に来たそうです」

「うん、わかった」

「それが……」


「キーティング夫人、その」

「なんです?」

 キーティング夫人は口ごもる係長を見て、キョトンという感じの表情をしながら、たずねた。

 キーティング夫人は白髪で、幼さと老成した雰囲気を漂わせているきれいなひとだった。

「貴女はつまり……」

「ええ」

と、キーティング夫人が微笑みながら語る。

「マジかよ……」

 同席していた崇は、唖然とした顔で、そう呟いた。


 結論オチから言うと、キーティング議員の命を奪ったのは、ただの弾ではないみたいね」

と、鑑識の眼鏡少女は亜季に言った。

「え、じゃああの眉間の穴はなんなんですか?」

「うん、まあ理窟としては超電磁砲と同じさ」

「?」

「つまり、今回の場合は銀貨なんだけど、それをものすごい、それこそ音速以上の速さでキーティング議員の眉間にぶちこんだんだ」

「え、ということは……」

「そう、つまり『』というのかな、そういう奴の仕業ということさ」


クシュンッ

「なあに、真琴まことさん、どうしたんです?」

「いや、ニャンでもないよ」

と、くしゃみをしたショートカットに猫耳の学生である少女は言った。

 彼女と同じ制服を着ている後輩は

「ふうん、それなら、良いんですけど」

と、不満そうに返す。

「ふふ」

 二人のキャッキャした雰囲気に、対面にいた猫耳少女が思わずふきだす。

 ばつが悪くなった真琴は、彼女に尋ねた。

「それで?

くまさん、私ににゃんの用にゃ?」

「うん、真琴ちゃんに頼みたいことがあるんだけど……」


 口から血を流しながら倒れているキーティング夫人を見ながら、崇は係長に報告している。

「どうやら、目的を達成したことで満足して、歯に仕込んでいた毒を飲んだようです」

「そうか」

「遺書もありました。『故郷の寺院に埋葬してほしい』と」

「彼女は確か、キーティング議員が議員になる前、ムングに従軍中に現地で見つけたとかなんとか」

「そんなことが……」

「ロムさんが、あそこのことは詳しいから、彼に埋葬を任せよう、しかし」

と、係長は首を軽く振って続ける。

「結局、彼女は『キーティングの夫人』というから逃れらねなかったということか……」


 ムングとは、帝国と共和国に跨がる遊牧民が暮らす地方、またはその遊牧民自身のことを言う。

 双方から迫害をうけた彼らは、武力から非暴力のいわゆるハンストまで、さまざまな抵抗を続けている。

 さて、ロムがパーマストン・パークの道中で行くことになったのは、ムングの聖地である『ドライアード』という森深い小さなオアシスにある町の近くにある同名の小さな霊峰であった。


「ええと、あんた、どっかで見たことあるにゃ……」

「ニューラグーン警察のヒエロニムスだ」

「ああ、思い出したにゃ」

と、ムングの少年は、軽く頭を縦に振った。

 ムングの人々は、いわゆる土竜モグラのような顔をした猫なのであるが、目の前にいる少年は、その典型のようなものであった。

「たしか、麻薬柄みの殺人を追ってて、このあたりの組織の建物を爆破してたにゃ。

あの時の相方さん、崇とかいったけ、元気かにゃ?」

「ああ、あたらしい相棒と、相変わらずさ」

「それで、なんのようにゃ?」

「ちょっと、祭司さんに頼みがあってね」


 少年に案内されて、小さな寺院に入ると、そこに祭司はいた。

「お久しぶりです」

「ああ、貴方でしたか」

と、祭司は全てをわかっているかのように、うなずいた。

 ロムは、鞄の中から、小さい箱を取り出して、こう言った。

「名もなき彼女の骨です」

「そうですか、新たに神の元に行かれた方が」

「しかし、名前はおろか、なにも彼女を証立てるものはありません」

 ロムがそう悔しそうに言うと、祭司はこう返した。

「それでも、こうして自分の魂の故郷に帰ることができることが、えにしというものですにゃあ」

?」

 ロムが疑う風に言うと、祭司はコクンと軽くうなずいた。

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