星々の欠片

ガールフレンドエクスペリメント

  カッコいいエージェントの話なら、ジェームズ・ボンドかイーサン・ハントでも見ればいい、女性ならロレーン・ブロートンでもいいな。

 残虐非道の殺しなら、シリアルキラーや乱射魔の方が、見せ場があるし、アベレージもあちらの方が上だ。

 殺し屋の話?誰が見たいんだ、そんなもの?

(古人の箴言)




 ボクが彼女に出会ったのは、ある用事から今住んでいる女子寮に帰ってきた時だった。

「ねえ、貴女」

と、多分ボクを呼んだのだろう声がしたので、振り向くと

「そう、貴女よ。ちょっとワタシに付き合ってもらうわよ」

と、その声の主が言う。

 ボクは、彼女を知っていた。

 名前はリンカ。

 ボクの一歳下で、どこぞのお嬢様だったはずである。

 だが、知っていただけであって、知り合いやましてや友達ではない。彼女がバド部の主力として華々しい活躍を魅せていた時、ボクは休学中だった。彼女のこうした情報は、新聞のスポーツ欄で掲載されたものをダラダラと書いているだけのことだ。

 さて、バドミントン用のコートに連れ出されたボクは、なぜかジャージに着替えて、ラケットを持って彼女の対面めのまえに立っていた。

「あれ?」

「共通の知り合いから聞いたんだけど、貴女ってある程度どんな競技も出来るスゴい娘らしいわね」

「え、共通の知り合いって……」

「さあ、いくわよ!」

「ワアッ!?」

 そんな訳でいきなり、バドミントンをやることになったのだが、結果は多分言わなくともわかるだろう、ボクのぼろ負けである。

 一応、ラリーは続けれるが、決め手が欠けては、この体たらくになるのもしかたないだろう。ボクが運動神経抜群とか才気のある風だったらダメなのだろうが、幸いなことにボクは可愛げのない忍野扇な感じなので、なんとかそれっぽい勝負の形になっている。

 ボクの顔の近くに、シャトルが弾丸のように通りすぎていった。

「貴女、中々やるわね」

 リンカが肩で息をしながら、そう言う。

 ラリーを続けるうちに、体力を消耗したらしい。

 彼女をそこまで疲れさせたことに対する賞賛なのだろう。ありがたく受けとる。

ボクはお礼ではないが、老婆心からこう言った。

「君は綺麗に勝とうとしすぎて、今回みたいな展開に弱いみたいだね。スタミナとかメンタルを鍛えた方が良いと思うよ」

というと、彼女はクスクス笑いながらこう返す。

「あの方がおっしゃられてた通りの方ですわね、貴女」

「?」

「『外面は不思議な感じだけど、中身はおせっかいさん』だって」

「ああ、あの人が言いそうなことだ……」

と、その時、ボクの携帯にメールが来る。

 着信音(必殺仕事人のアレ)で、ボクはどんなメールが来たか察した。

「あら、なにかあったの?」

 リンカがボクの顔色で、なんか面倒ごとがきたのだろうかという風に聞く。

「いや、ただのバイトの呼び出し」


 その帰り、学校の図書室に行ったボクは、お目当ての本を見つける。

 『可愛いアーメンガード あるいは、田舎娘の心 著者:H・P・ラヴクラフト』というタイトルの本。

 なんというか、これを借りろと言われないと借りない本ではある。

「はい、1週間後にお返しください」

「司書さん、この猫なんですか?」

と、ボクは足元でアクビをする猫について聞いた。

「ああ、私常駐の司書さんがいない時の代理なんですけど、遠くから来てるので、飼っている猫を特例で連れて来ているんです」

「へえ……」

 ボクがそうなんだ~みたいなリアクションをしてる足元で、猫がにゃあとアクビをした。

 さて、なぜボクがまったく興味のない本を学校図書室から借りなければならないのか、という話について少し。

 ボクは、実はこのバイトの雇用主にあったことはないし、そもそも顔すらしらない。

 たまに携帯にメールが入るくらいで、しかもめんどくさいことに、本の中に伝えるメッセージの本体を入れてるよという内容なのである。

 その本も趣味的な感じで、今までこのバイトを2回しているのだけれども、その時メッセージを送る用に使われた本のタイトルだけあげると

『アイスクリームシンドローム 大橋卓弥と常田真太郎著』

『ルール→ルゴール→ルシフェル→ルチャドール→ルイス・キャロル 町田さわ子』

というような、ボクにはまるで興味のない本だ。

 しかし、なんでそんなあからさまに怪しい雇用主のバイトをしてるのかというと、今通っている学校やら寮に入ることができたのが、彼?彼女?かはわからないが、雇用主のおかげだったりするから。バイトに一回行くことに、うん千万とかが自分に入るのが良いのだが、正直な話、わりに合ってるのかどうか。

 しかし、このバイトを勤めないと、アントーニオではないけど、内臓やらナニやらで借金を返さなきゃならない。それは嫌なので、ボクはバイトを真面目に勤めるのであった。


 「ふうん、今日はそんなことがあったんですか。大変っスね」

 フクちゃんが、パソコンとにらめっこしながら、言う。

「そんな他人事みたいに言わんくても、良いじゃないよ。ボクと君の仲じゃないですか」

「そんなこと言ってもやさしくする訳ないじゃないですよ。ビジネスパートナーなんだから、そのくらいの間柄で良いじゃないですか」

「いやだ、イチャイチャしたい~!」

「はい、ワガママ言わないでください」

 というような中身のない会話をボクとしているフクちゃんは、ボクのバイトのお手伝いをしてもらってる同室のショートカットで眼鏡少女という、萌えポイント高めな娘である。ボクと彼女が出会ったキッカケも、このバイトである。ボクの最初のバイトの時、フクちゃんが巻き込まれてしまったのである。このバイトの特性として、『目撃者はなんらかの形で記憶を消すか、目撃者自体を消さねばならない』というルールがあるのだが、フクちゃんはここで女は度胸とばかりに

「あたしを雇ってください!

そりゃ、メインの『仕事』は出来ませんが、サポートは出来るッス」

と、言って、ボクも彼女の『技術スキル』のスゴさをその初めてのバイトで知ったので、ボクがこの件を預かるので(ついでに監視係として)、パートナーにしてくれとメールに書いたら、雇用主がOKとしてくれたので、今こうしてボクのサポートをしている。実は彼氏持ちで、異性などもっての他な女子寮生なのにイチャイチャしてるのを、ボクは何回も目撃してるのであった。

 まあ、それはともかくして。

「で、ターゲットのことはわかった?」

と、ボクはフクちゃんに聞いた。

「はい、ターゲットの名前は、マグヌスっていって、某国の外交官とかいう肩書きだけど、まあスパイの隠れ蓑じゃないですか、そういうの。このマグヌスとかいう人も多分スパイですよ」

「証拠もないのに、そんなことを言うのもどうかとおもうけど……」

「いや、コロコロしなさいという依頼がある時点で、ほぼほぼ確定じゃないですか」

「確かに、そうなんだけどね」

 ボクは目の前の箱に写る見るからにウサンクサイ男を見ながら言った。

 まあ、フクちゃんの言うこともわからないではないし、そもそも良い人だろうが、ボクには関係ない。

 ボクは、そのままベットの上に寝転んだ。

 後はフクちゃんが、道具類も含めて用意してくれるだろうから、安心して寝よう。


 夢を見ていた。

 夢の中でボクは、とある施設で『保護かんきん』されている子供の一人だった。

 そこでは、子供たちが日夜どこへとも知らない『実習』に連れていかれて、仲間たちは次々といなくなった。

「まったく、前世はろくなことしなかったんだろうな、俺らは。そうでもなけりゃ、こんなことにはならないだろうよ、な」

 と、今回の夢で唯一ボクと生き残った少年は言う。

「でも、なんかノリノリでAS(アームドスーツの略。アーマードトルーパーみたいな兵器)壊してたじゃん」

「ありゃ、そうでもなけりゃやってられないってやつだよ。単純作業をやってると、心病んじゃうから、そんくらいやってないと、ダメになるんだよ」

と、少年が鼻歌混じりに後片付けをしているのを手伝いながら、ボクはこんなことを聞いた。

「それにしても、あんなデカブツ、どうやって生身で倒してるの?

みたところ、重火器とか持ってないんだけど」

「ああ、そんなことか」

と、彼は当たり前のように返事を返した。

「どんなものにも、ここを押さえておけば、潰せる弱点があるんだよ。コツさえつかめれば、お前さんにだって出来るよ」

「そんなもんかな?」

と、ボクは怪訝な顔をして言う。彼はポチョムキンか山のフドウみたいな巨体なのである。

「そんなもんだよ」

「ふうん、そうなんだ」


 起きると

『センパイへ:一応必要なモノは置いておきます。私は、彼と「勉強会」をするので、今日は居ません』

という置き手紙といっしょに、いわゆるメイド服と、『仕事用』の安そうな皮の腕時計があった。

 つーか、こっちが命がけでバイトすんのに、フクちゃんは彼氏と仲良くデートですか、そうですか。

 ……リア充○○というような感情がボクの脳内をよぎったような気がしたが、とんでもない、ボクは彼女たちを応援してるんだよ、ホントだよ。

ともあれ、着替えてバイトに行かにゃ。


 コヤナギ邸と呼ばれるそこで『国際体育連盟主催祝賀パーティ』とやらが催される理由は、そのコヤナギとかいう主人が、このあたりの体育系のお偉いさんだかららしい。

 祝賀パーティということで、普段のメイドさんやらフットマン(執事の下で働く人だと考えればよい)じゃ足りないから、臨時で使用人を増やした中に、ボクもいるわけである。

 さて、件のターゲットを捜してみようとは思うんだけど、当たり前なことにインターハイも体育の範疇に入るというわけで、高校生も列席してる。その中には当たり前だけど、戸沢高校の生徒もいるので、うまくばれないようにしなくちゃいけない。というより、他の連中が『お客さん』として来ているなかに、一人『従業員』としている感じが、なんか恥ずかしいなあというのもある。ともあれ、まずはターゲットを捜さねば。

「まあ、外交官の方ってそんな仕事もなさってますのね。まるで、電撃フリントのようですわ」

「ははは、そうご婦人から褒められると、嬉しいものですな」

 ……、ああ、どう考えてもこいつだな。ていうか、あまりにあからさま過ぎて、ワナだと一瞬思ってしまうくらいに『~』と、全身でアピールしてる感じの男がいるのが、信じられない。それがホントにワナだと良いなと思うくらいだよ、本気で。


 さて、こうして裏の方のバイトを終わらせたボクではあるが、ここで予想外の事態が発生する。

「まあ、聞いてくださいよ。こいつがね、パーティに出たいっていうから、こうして男二人してパーティにきてるんですよ。男二人でですよ。貴女みたいな女性でも良いから、いや、そんな否定的な理由に聞こえますが、つまるところ、この無口な相方以外に話す人が欲しかった訳です」

と、ベラベラ喋ってる神経質そうな男と、その横でとくに楽しそうでもないし喋らない白髪の少年を相手にしてしまったがばかりに、2時間くらい(今腕時計を見て時間を計った)話を聞かされるはめにしまったのだ。しかも、まだ続いている。さらにマズイことに、今ボクは尿意をもよおしているのも付け加えとこう。というか、こっちの方がヤバい。このままでは公衆の面前で漏らしてしまう。サバイバルとは、これのことか。

 さすがに少年のほうは気づいたらしく、男の裾をギュッと握ってるというかつねっているが、自分の話に夢中な男は気づかない。

「俺一応映画とかドラマの脚本家をやってましてね、スポーツを題材にしたのが出来ないかというのも、このパーティにきた理由なんですよ。(中略。うん、そろそろ無理かな)……それでね、メイドと言えば、昔俺ケイト・ウェブスターの事件という脚本を書いたことがあってね、彼女が自分の女主人を鍋で煮込むって話でしてな。(中略。ボクは内心ジタバタで、我慢も限界)……俺だってね、映画業界に入るキッカケは『風の墓への花冠』とか『月の誘拐』みたいな芸術映画で名を成そうとした訳ですよ。コーカサスのあたりの小説が今ではいわゆるB級映画専科なんですけどね」

「ちょっと、貴方!」

と、怒声がしたので、男とボクはその声がした方へ視線を向ける。

そこには、ドレスアップしたリンカちゃんがいた。そう言えば彼女は今日行われた試合に勝ち、バドミントンの大会で優勝したらしいから、それでいるのだろう。

彼女は続ける。

「貴方の身の上話なんて誰も聞きたくないわ。ほら、彼女も迷惑してるじゃない」

「はあ、それはすまないことをしましたなあ」

男は首を傾げつつ、この場から去っていった。同行していた少年も、リンカちゃんとこちらに向けておわびらしいおじぎをして、後を追いかけた。

「ありがとう」

「ふん、貴女のお陰で優勝したもの、借りは返したわ」

と、リンカちゃんは、プイッとそう言って、他のところへ行く。

……、そう言えばボクも、おしっこがしたいんだった。トイレに行かなきゃ。


 「いやあ、おもらししなかったのは、リンカさんのお陰なんですねえ。良かった良かった」

と、フクちゃんがニヤニヤしながら言う。くそう、なんか弱味を握られたような気がする。

「まあ、緊張するからって飲み物ガバガバ飲まないことですね。それで、結局本来の『バイト』は成功したんですか?」

「うん」

と、ボクは小さい新聞記事を見せる。そこには

『○○○○の大使館員急死』

と書かれていた。

「この二三日、ホント疲れたよ……」

「はいはい、よしよし」

 フクちゃんの膝に顔を置いて目をつぶると、彼女はボクの頭をポンボンと撫でる。

 そのまま、ボクは深い眠りについた。

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