第54話

 体育祭は金曜日に開かれていて、翌日の授業はさすがに休みとなった。本来ならば泣いて喜ぶべき状況ではあったが、僕は体育祭で特に走り回ったわけでもなく、体を休める必要はさほどなかった。むしろ、事務作業続きだったことで脳や精神を休ませる必要があった。

 だがその休養方法に窮していた。体育祭の晩、世間でよく使われる休養の手法の通り、ただベッドに転がって動画サイトを眺めていたり、アニメを見ていたりしたのだが、全く休まらなかった。ふとした瞬間に、六条さんのことが気になってしまった。そして朝比奈のあの言葉を、反芻せざるを得なくなっていた。

 必然的に、なるべく早くこのギクシャクした関係を、迷走している関係を、打開しなければならなかった。


 かといって僕は、人間関係についての経験が浅く、このようなときにどうすればいいのか分かりかねていた。ただあれこれと考えては思い悩むだけであった。そうしているうちに、今のこの僕の行動は全く持って無意味なのでは、と考えるに至った。

 発想を変える必要があった。

 僕は今直面している事態を、『問題』として認識することにした。

 問題がわからないなら、わかる奴に聞くか、先生に教えを乞うべきである。だが人間関係の先生など存在するのか?

 適当にインターネットで検索してみた。僕は少々権威主義的な部分があるのか、なるべく政府や省庁や医学会といった公的な存在のサイトを見ることにした。

『解決策 身近な人を頼れ』

 なるほど。

 親に頼るのはなんだか気恥ずかしいし(今になって反抗期の気が出たのだろうか?)、同世代の親しい人間に頼ることにした。

 つまり、鷲頭である。


 電話をかけ、今までの経緯を洗いざらい話すと、鷲頭はまず呆れた。そしてなぜそこまで関係性をこじらせることができるのか、逆に教えてほしいものだと挑発した。またあの口数の少ない六条さんが、しっかりと相手に分かるように明言したわけではないとはいえ、自分のプライベートな話を明かしたことに、ちょっと驚いたようであった。

「なるほどなるほど。つまりお前は、和解の場が欲しい、というわけだな」

「その言い方は政治的すぎないか?」

「そうはいってもなぁ。俺だって、ここまで面倒なシチュエーションにはまったことはないんだ。類似の状況からアイディアをもらうしかない」

「お前の中では和解に近いと思ったのかよ。別に対立しているわけじゃないんだ。ただ、対話の場がほしい、ということなのかもしれない」

「聞いてきた方が答えを出すなよ…。

『対立』ねぇ。

 むしろ、対立していた方がやりやすいかもしれないな」

「どういうことだよ。対立って、対話の対義語のようじゃあないか」

「そうでもないさ。対立っていうのは、一種のコミュニケーションだといえる。敵である限り、対立している限り、『互いに敵である』という役割に従って関わることができるんだからね。漫画だってそうだろ? 主人公を取り巻く関係性と言ったら、友人と同じくらいに敵が必須だ。バトルものだったら、むしろ敵しか必要ないかもしれない」

「そういうものかね」

「そういうものさ。とにかく、お前の関係性はどうも面倒なことになっている。こういう時は、腹を割って話し合えるようにするしかない。だがそのような場を設けるには、意外性、特別感が必要だ。

 大人の世界なら飲み会とか、祭りだな。そうやって、非日常な場に集まることによって、今までのしがらみをほどいていくんだ」

「なるほどねぇ。しかし僕たちはいまだ未成年だ。酒は飲めない」

「酒だけが非日常を演出するものでもないだろう。逆に、酒しかしらない人間というものはひどくつまらないものだ。

 芸術に頼れ。芸術に。

 芸術とは、世間のわだかまりを打ち破るために存在するようなものだから」

「というと、美術館にでも行け、というつもりか? それはおかしいだろう。そういう場所では私語厳禁だ。話し合う場なんて、ないじゃないか」

「そんなおしゃれで穏やかな場所じゃインパクトが足りない。もっとうるさいところをお勧めするつもりだったんだよ」

「というと?」

「映画館だ」




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