第52話
「あいつもなぁ。貴様みたいな優しさを持っていたら、貴様みたいな能天気さを持っていたら、貴様みたいな割り切り方をできたら、苦労しなかっただろうにな。
もっと、もっと似ていたら、似た者同士だったら、もしかしたら明るい未来があっただろうに…。」
「似ていればいい、というものでもないでしょう」
「その心は?」
「ただ、退屈だからです。自分と同じ人間がいれば、確かに親近感がわくでしょう。似ていればいるほど、一緒にいてストレスを感じないでしょう。
ですが、それは無意味な交流です。
同じ人間と一緒にいたって、なにも面白いことは起きません。僕から言わせれば、そんなに同じ人間と一緒にいたいのなら、鏡でも見て自分とおしゃべりすればいいじゃないかって思いますね。
よく似たもの夫婦がいい、趣味の合うパートナーがいいという風潮がありますが、それは違うでしょう。その先何十年も自分と同じことしかしない人間と居るのは、退屈すぎます。
いっそ僕の場合、趣味が全く違う人がいいですね」
「その言葉…。六条には絶対言うなよ?」
「どうして?」
「どうしてもだ」
朝比奈は腕組をした。
「なんだか違うほうに行ってしまったが、別に私は、貴様にあいつと似てほしいわけじゃないぞ? 似ていればコミュニケーションがうまくいっただろうにとか、せめてこの部分だけでも貴様のようであればとか、そういう話だ。
特に優しさのことだ。あいつは優しくないわけじゃない。だけどな、やり方がまずかった。どうしてああなってしまったのか、もう記憶もあやふやだが」
「朝比奈さんは、六条さんとずいぶんと長い付き合いのようですね」
「幼稚園以来だ」
「それはすごい。今時珍しいですよ」
「だがな。ここまで長い付き合いなのに、付き合えば付き合うほど、あいつから遠ざかっているように感じる。ついこの間現れただけの、貴様と同じところにいる気がする。ともすれば、貴様の方が先に行ける気がする…。
いや、なんだか癪だが、その方がいいのか? 私も貴様に、期待している部分があるのか?」
「朝比奈さんまで僕を苦しめる気ですか? やめていただきたい」
「別に私は、貴様に配慮する義理はないからな」
朝比奈は、悪そうな笑いをした。
「あーまったく、どうしてこう面倒くさいのか。よりによって面倒なところが違うのか。
むしろ似ているように感じていたのがおかしかったみたいだ。違うところの方が多いじゃないか。
例えば…。そうだな。貴様は文系だろ? 話してみればわかる」
「一応そうです」
「六条は理系だ。なんでも、家の方針でそうしろって、幼いころから決められていたらしい」
「それはまた…。ストレスの原因になりそうなことを」
「まぁそれは、結果的にはどうでもよかったのだけれどな。あいつは理系の方が元から合っていたらしい。おかげであの好成績だ。貴様も知っているだろう」
「それはもう、たんまりと。
そういう朝比奈さんは、文系では? 同じく、話せばわかりますよ。親友だったら、世間の流れ的には同じ進路にするものなのに。そこをあえて押し進むのはらしいといえばらしいというか…。」
「私の趣味もあったけどね。あいつの方から言われちまったんだ。無理に合わせるなってな」
ただそれだけ、その言葉を聞くだけだったら、互いの好みを尊重しようという、当たり前のことを言っているだけだ。だがそれが六条さんの言葉となると。
拒絶。
それが脳裏に浮かぶ。
「それにしても朝比奈さん。今日はずいぶんとおしゃべりですね。いいんですか? そんなに喋ってしまって」
「いいわけないだろう。ずっと気に食わないさ。
だがな、それでもやめられない。やっぱり貴様には、あいつをわかってやってほしい。
あいつが人の名前を覚えるだなんて、めったにないことだ。
他人と喋って楽しそうにするなんて、それだけで奇跡だ。
あいつが、六条が、貴様の名前を呼んでいる。あいつ、人の名前をどうしても使いたがらないんだ。そのせいで何を話しているかわからないときがある。貴様もやってみればいい。少しは私の苦労がわかるだろう。
それがだ、あいつ、嬉しそうに貴様の名前を出すんだ。ちゃんと固有名詞を使うんだ。癪だが、最近はあいつと話をするのが楽だ。楽で、楽しそうだ。
無理な話だとは分かっているがなぁ。やっぱり親友には、笑っていてほしい。私にはできなかった。だから、頼む」
「はぁ…。そこまで言われたら…。」
そこまで言って、ふと気になった。
「朝比奈さん。あなたは、長いこと六条さんと親友なんですよね」
「そうだが?」
「それじゃあ、いったいいつから、『朝比奈さん』とかいう、よそよそしい呼ばれ方をするようになったのですか?」
「それは…。」
しばらく待つと、
「たしか、小学校五年生くらいの時だ…が…。」
ハッとして、朝比奈は目を見開いた。
「ああそうかい。なるほど…あいつが気に入るわけだ。そうか、もうそこにたどり着いたのか」
「やはり、なにかあったんですね?」
「いえない。これはもっと言ってはならないことだ。分かってくれ。
貴様はこういうことに頭が冴え過ぎる。そして考えなしにすぐ言ってしまう。
いちおう貴様は線引きをする人間のようだが、こうやって越えてしまうんだな。
気を付けることだ。貴様はうっかり、一線を越えてしまっている」
それほどのことか。どうも大事になりすぎるきらいがあるな。
「ご忠告どうも。
では、サボりすぎるのも評価に響きますので、この辺で」
「ああ、頼んだぞ」
僕はどう言い訳したものかと考えながら、倉庫に向かった。
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