第51話
「言ってくれればいいのに。変な意地を張らないで、洗いざらい話してくれれば、いくらでもやりようはあるのに…。」
「言えばわかるってもんでもないだろう。誰もがみんな、言葉の名手じゃないんだ。あいつの場合は、うまく言うことができないっていうのもあるが。
もしくは、あいつ自身でも自分がわからないんじゃないか? だから言葉にならない。それなら誰かに言葉にしてほしいけど、誰にも見せることができない。難儀だよな」
「手詰まりですな。もう…。」
「おいおい。諦めるなよ。あいつは貴様に期待しているんだ。珍しく、他人に期待しているんだ。あいつの親友としても頼みたい。どうかわかってやってくれ」
「朝比奈さんこそこっちの気持ちを分かってくれるかと思ったのですがね。お互い、無理だと思ったらサッパリと切り捨てるタイプでしょう?」
「なんだぁ? 急に共通点を強調なんかして、誘っているのか?
すまんが私はもっと、さっぱりとした爽やかな男子がタイプだ。ついでに言えば、家庭的だとなお良し、だな」
「僕、オムライスとか作れますよ?」
「やめろよ、気色悪い。ここでぐいぐい来るな。そういうのはもっと、別の奴にしてやれ」
露骨に嫌な顔をした。そして、朝比奈は僕の顔を見ると、
「それが、サッパリと切り捨てようとする人間の顔か? まったく感情を捨てられていないじゃないか。私ならもっと、うまくやれるぞ?」
「そんな顔をしていますかね。鏡がないのでわかりませんが」
「しているさ。やっぱり私と貴様は違う。安心した」
変わった平安の保ち方だ。
「さっき、六条が貴様を似ていると思っているといったな。私からすれば、そうでもない。
貴様が隣にいるときは、本当に似ているな、と思ったさ。実は生き別れの双子じゃないのかって疑うほどに。そうしているのが普通であるように、そうなるのが必然であるようにさえ思えた。
あいつ、貴様といるときはあんなに笑うんだな。あれだけ他人に心を閉ざしているのに。貴様にだけはそうだ。私よりもだぞ? 嫉妬してしまう」
朝比奈は小石を蹴り飛ばす。
「だがなぁ。離れていると、貴様とあいつは、やっぱり違うんだよ。
貴様も六条も、他人を遠ざけるタイプだ。特に興味がない人が見たら、『ぼっち』っていう雑なくくり方をするだろうな。
だが、だがやっぱり違う。原因が違うのか、やり方が違うのか。
貴様はただ、面倒くさいから人を遠ざけているみたいだ。それか、もっと他のこと、自分のことで忙しいから、自然とそうなったにすぎない。それが心地よいから、一人でいるにすぎない。だからただの気まぐれでどうとでも変わる。気まぐれで人と関わり、気まぐれで別れる。
それに比べてあいつは、もっと切実というか。必死に人を拒絶していてさ、なんだか痛々しいんだ。そんなに苦しいならやめればいいのに。だけどできない。
だからずっと、それが何かもわからないけど、誰か、何かが救ってくれるのを待っている。
そんな時に貴様が現れたんだ。あいつはまた、勝手に期待したんだろうな。
わかってほしい。でもわかってほしくない。
見てほしい。でも見てほしくない。
こっちに来てほしい。でも近寄ってほしくない。
そんな具合だろう」
「勝手…。勝手ですよ、そんなの。期待される方の気持ちにもなってほしいです」
こっちだって、苦しいのだ。
「そういうところが、やっぱり似ているんだよなぁ。
はぁー。イライラするなぁ」
さっきの朝比奈の言葉を返したい。これがイライラしている人間の顔か?
「貴様は、ずいぶんと面倒くさがり屋だったな」
「ええ。努力は最小限に抑えたいので」
「そんな貴様が、今わざわざ、いつでも切り離せるであろう関係に苦労している。どういう笑い話だろうな」
「揶揄わないでいただきたい。僕だって分かりかねている」
「例えば…。あいつが言うように、貴様が優しいからとかかな? 私はそう思うが、どうだ?」
「優しいとか、そういうものじゃないでしょう。もっとおぞましいもののように考えています。
それに、僕は自分を優しいと評価されるのがあまり心地よくありません。善というのは、まだ若い僕には早すぎるし、退屈です。そのうえ、都市生活では優しい人間ほど付け込まれます。陰キャのオタクの先人が、どれだけその優しさに付け込まれてきたのか、知らないものはいません」
「貴様…。さてはおのれの『やさしさ』を、定言命法だと思っているな?」
「違うと?」
「違うな。もっとエゴイスティックだ。その優しさなら、今後とも大丈夫だ」
「ここで太鼓判を押されましてもねぇ」
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