第40話

 なんとなく流れで、僕たちは一緒に駅まで向かっていた。

 日が落ちたと六条さんは言ったが、日増しに昼が長くなっているので、まだ太陽は薄いオレンジ色であった。駅までそれなりに距離があり、市の中心地から離れているから、道には帰宅時間でも人はまばらだった。

 バス停に向かう途中で、六条さんが足を止めた。

「どうしました? 足に痛みでも?」

「津田さん。この川って一級河川らしいんです。そんなに大きくなさそうなのに」

 間をおいて、六条さんは振り返った。風に吹かれて、ススキのような草がカサカサと音を立てた。

「だから、一緒に確かめてくれませんか。駅まででいいんです。一級と呼ぶにふさわしい川なのか、一緒に確かめてほしいんです」


 僕は散歩が好きだが、いつもはすぐバスに乗って帰ってしまうので、近くのコンビニまでしかこの学校の周辺を知らなかった。だから、この道を進めば駅にちゃんとたどり着くのか、わからなかった。たぶん、六条さんも。

「ずいぶんデコボコした道なのね」

「街路樹が元気なんですかね。根が歩道を侵略して、アスファルトを下から持ち上げちゃっています」

「つまずいてしまいそう」

「ええ、ですから暗いときは…。」

「つまずくと危ないから、ゆっくり、歩かないとね」

 六条さんは山登りの時みたいに、ゆっくりと踏みしめながら、歩いている。

「ねぇ。この街路樹って、みんな桜なんですって。お花見の季節は、それはもうきれいなんだとか」

「見たかったですね。それほど見事な桜でしたら」

 今はもう、緑の葉っぱが夕日を照らし返すだけである。卒業式ではまだ咲かず、入学式には散ってしまう、近頃の開花の中途半端さが恨めしい。

 川が見たいと言っていたが、六条さんは川に目を向けていない。この川だって、そこまで観察するに値するものではない。水は濁っているし、普段は水量も少ない。かつては大雨の時期に大氾濫を起こしたらしいが、河川工事の結果、その影を見ることもできないほど穏やかになったらしい。


 水の音がし始めた。川を覗き込むと、高低差のためか、人工的な滝ができていた。

「ちょっと違うかもですけど、これなら一級河川の理由もわかるのではないですか」

 少し声を張り上げていった。それほどまでに大きな水の音がした。

 六条さんは滝をただ、ずっと眺めるだけだった。ときおり水鳥がやってきて、荒れ狂う水を苦ともせずに泳いでいた。

「納得できませんか?」

「もうちょっとだけ…。まだ、判断できないから」

 側に立ってみて、その目線の先に何があるのかと探してみても、それほどまでに六条さんの目を引くものを、見つけることはできなかった。あるいは、六条さんは、水面の下に何かを見つけているのかもしれなかった。

 その眼は、初めて見るものだった。そして、どこかで、いやどこかの本から思い浮かべた風景に、似ていた。

 だから、直感的に危ういと思った。

 僕は六条さんの、欄干においていた手を、握った。

 六条さんはゆっくりとそのことに気が付いて、びっくりして手を引っ込め、顔を赤くした。

 何かを言おうとしていたが、それにかぶせた。

「六条さん。ここだけが川のすべてではないと思います。先へ進みましょう」

「え、ええ」

 やっと正気を取り戻した六条さんは、ちょっと早歩きになった。



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