第39話
「たっだいまー!」
「おかえりー」
別に僕は、この会話を家でしたわけではない。ちょっと、と言いながら一時間近くかけておやつ休憩をとっていた鷲頭が、事務作業中の僕たちのもとへ帰ってきただけである。
鷲頭は空席に目をやった。そこは、いつも朝比奈が使っている席だった。彼女は急用ができたとか何とかで、さきほど帰ってしまった。去り際に僕の方を一にらみしていたが、以前よりはずいぶんと警戒が解かれていた。
「へー、じゃあ俺もちょっと急用を作った」
「お前さっきから休養だらけじゃないか…。」
僕がたしなめようとすると、
「無理に引き止めなくてもいいのよ。もうすぐ終わるから」
六条さんが許してしまった。
「そういうわけだ。じゃあな!」
そう言って、鷲頭は帰ってしまった。
確かに仕事はすぐに終わった。六条さんのおかげで、思っていたよりも仕事量が減っていた。まるで魔法みたいだった。
「どうやったら効率化の仕方がわかるんですか? 後学のためにその手際の良さを身に着けようと思っても、どうにもまねできないのですが」
「特段これといったコツはないのだけれど…。なんというか、昔からこういうの、得意なの。もっと効率化できないか、もっと合理化できないかって考えるゲームをやっている感じ…? そう、そんな感じでいろいろやっていたら、気が付いたらなんでもできるようになっていたわ」
無自覚な特技。まさに天才の発想である。
「なんでもって…勉強も?」
「当然。よく地頭とか言って、まるで突飛な発想ができることが成績の良さと結びつくと思っている人がいるけど、そうじゃないのよね。勉強って、要は作業をどれだけこなせるか、でしかないのよ。若い時間は有限だから、いかに効率化できるかの勝負でもあるのよね。だからわたしにとってはゲーム感覚で、前よりもスコアをよくできたらなぁ、程度のことを考えていたのだけれど。気が付いたら、みんなわたしを天才って呼ぶようになっていたわ」
「ちなみに試験の順位をお聞きしても?」
「高校の成績はまだだから、ここの中学の頃の成績でよかったら…。たしか、いつも学年で一桁の順位を維持していたわ。こういうの、ゲームの世界だとなんて言うのだっけ? ランカー?」
「一度は名乗ってみたいものですよ。試験順位のランカーって…。」
ちなみに僕の順位は、どう考えても中の下になる予定である。授業を受けた感じでもうわかる。迫りくる中間試験が怖くてたまらない。
「…。もしかしてあなた、その、苦手科目が多い人?」
「気を使わなくていいですよぉ…。もう率直に頭が悪いって言ってほしいです」
六条さんは頬杖を突きながら笑った。
「頭が悪いっていうのは、あいまいだわ。言葉はもっとはっきりさせて使わないと。あなたの場合、そうね、要領が悪いんだわ」
「それってたいてい『頭が悪い』の言い換えじゃないですか」
「そうなの? 日本語って不便ね。定義通りの意味で伝わらないなんて。
わたしが思うに、あなたってどこか無鉄砲というか、無計画というか…。思いついたら気分で動いちゃうっていうか、野性的というか、野蛮というか…。」
「待ってください。ドンドン悪い方向に行っていません?」
「あ、ごめんなさいね。つい本音が出ちゃって…。」
「もっとダメじゃないですか!」
「でもね、この日本語だと悪く聞こえるけど…。不思議ね、あなたのその適当さって、なぜか悪い気がしないわ。頭使わずに動いている人間って、一番嫌いなはずだったのに」
「いや~それほどでも…。
あれ? 僕のこと『頭使ってなさそう』って思っていたんですか? さすがに怒りますよ?」
「おかしいわね…。褒めようと思っていたのに。日本語って難しいわ」
「六条さんは本当に国語の成績いいんですかぁ~? 話盛っていません?」
「そう言われると自信が…。
あなたやっぱりすごいわ。わたしの自信を揺るがすなんて。百年に一度の偉業を成し遂げたのよ」
「じゃあ、あと百年もずっとその調子なんですか…。」
「そうよ。だからあと百年、ずっとわたしを褒め続けないといけないの。覚悟しなさい」
「ええ~、さすがにそれは面倒…。」
そういって机にへばりつく僕を、六条さんはどこか嬉しそうに眺めていた。
ちょっと間をおいて。
「その、もし困ったなら、わたしに聞きに来てもいいのよ?」
「え、何をですか」
「勉強のことよ。勉強。
その、ほら、もう仕事もなくなってきたし、お互いヒマなのでしょう? だから、ほかに教わる相手がいなかったらだけど、ね、ちょっとやり方が間違っているだけでずっと苦しむなんてばからしいし。困っている人がいるなら、わたしも助けたくなるのよ。ただ、それだけ」
それはありがたい。成績優秀者の手を煩わせて学ぶ機会などそうそうないぞ。
「ぜひ! 先生に聞くより、六条さんに聞いた方が気を張らないですし」
「そ、そう? ならいいけど」
六条さんは、僕の圧にちょっと驚いたようだ。
「さぁ、おしゃべりはこれぐらいにして。帰りましょう。もう日も落ちたし。ね?」
六条さんはあわただしく片づけを始めた。
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