第36話

 会議の場となった教室は、たいへん居心地が悪かった。各クラスから体育祭実行委員が選ばれるのだ。つまり、ほとんどの生徒が互いに初対面だ。初対面の人間に囲まれる。しかも、交差点で群衆に囲まれるのとは違い、互いに視線と意識を向けなければならない。

 なんの罰だ。これは。

 陰キャを殺そうとしているとしか思えない。


 会議が始まる直前、互いに互いを知らない人間が、ただ無言で向き合うという、地獄のような状況が形成されつつあった。

「なぁ鷲頭、帰っていいか?」

「帰宅部創設者としては立派な心掛けだが、俺は許さんぞ?」

 くじかれた。意気消沈。

 と、そこへ、最後の入室者が現れた。

  視界の端でとらえたその姿は、なんだか見覚えがあり…。

 確認する前に、目が合ってしまった。

 それは、その二人は、六条さんと朝比奈であった。

『やってしまった』

 おそらく、互いにそう思った。

 彼女たちは席を探す。よりによって、空いている席は僕の隣しかない。

 朝比奈はよほど僕のことが嫌いなのか、一個隣の席に座った。

 だから、なんということだ、六条さんは僕の隣に座ることになった。

 気まずい。

 非常に気まずい。

 振り返れば、鷲頭が笑いをこらえている。

 何か面白いことが起きそう、だなんて言ってしまったからだろうか。言霊、という概念もある。次から次へと、もう何かが起きないと気が済まないのだろうか。


 会議はつつがなく終了した。鷲頭の期待にはこたえられなかったが。第一、楽な仕事というのはないらしい。だから僕は楽な仕事をしたいのではなく、仕事自体をしたくないというのに。

 与えられた仕事は、事務作業系であった。僕と鷲頭はオタクだから、パソコンとか得意だろう? ということでそうなったのだ。

 そして、なんとなくまじめそうだからという理由で、六条さんたちも同じ仕事になった。

 体育会系の人(実行委員長ら上層部のことだ)からすれば、僕たちは同じカテゴリーなのだろうか。

 委員たちが多少打ち解けて、あちこちから話し声も聞こえるようになった。その中で、気まずさを解消しようかと、六条さんの方を向いた。

 同じことを考えていたのだろうか。

 顔を合わせてしまった。

 しばしの沈黙。


「プッ…アハハ!」

 耐えきれず、笑い出してしまった。

「なによ! 何がそんなにおかしいのよ!」

「だって…あんなに最後の別れみたいなことを言っておいて、もう再会だなんて…。」

「さ、最後だなんて言ったかしら?」

 声が震えているし、目が変な方向を向いている。

「ええ、言っていましたよ。それはもう、感動的に」

「か、かかか感動的にって! そこまでのことはしてないわよ!」

 顔を真っ赤にして反論された。それを見て、また笑ってしまった。

「そ、それを言うなら、あなたの方こそ! あのしゃべり方は何? さっきとずいぶん違うじゃない!」

「え、それはその…。」

「あーもう決めたわ。わたしに話しかけるために血を流した男だって、言いふらしてやりましょう。そうしましょう!」

「それは本当に勘弁してください!」

 お互い熱くなった。今度は六条さんの方から笑い出した。

 六条さんから見えないからか、ものすごい剣幕で朝比奈がにらんでくる。

 だがそんなことも気にせず、笑い合っていた。


 この時から、僕と六条さんはそれなりに親密になった。この毎週水曜日の委員会活動を、本来なら憂鬱な委員会活動を、どれだけか心待ちにできるようになった。(水曜日はちょうど平日の真ん中だから、人々は気が重くなるものだ。そんな気持ちを払えるというのだから、六条さんに助けられていた面もあった。)

 朝比奈も、仕事の都合とはいえ、少しは口をきいてくれるようになった。書類を渡すときになぜかペンを持っていて、僕の手に突き刺さるのも、なぜか毎回会うたびに足を踏まれている気がするのも、きっと気のせいだろう。

 こんな状況を見たら、実際にその眼で見たら、さぞ騒ぎ立てるだろうと思っていたが、鷲頭は特に何も言わなかった。時折、スマートフォンを取り出して仕事をさぼり始めるだけで、ただニコニコとしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る