第35話

 翌日、教室にて。

 かくかくしかじか。

「というわけだ、鷲頭」

「なるほどなるほど。とりあえずお前、ここの中に入れ」

 その手には、なぜか麻袋があった。

「…ちなみに、その中に入ったら、僕をどうする気だ?」

「決まっているだろう? 校庭に穴を掘って埋める」

「僕を生き埋めにする気か! 誰が決めたそんなこと!」

「そしてうちの馬を連れてきて、お前の上を走らせる」

「モンゴル帝国の処刑方法じゃねーか!」

 いちおう貴人への処刑方法を選んでくれるという、中途半端な気遣いがあるのが鷲頭らしい。

「というかお前、馬なんて飼っているのか?」

「おう! うちの爺さんが趣味のいい資産家でな、農業用じゃなくて競技用の見栄えのいいサラブレッドを何頭か飼っているんだ」

 鷲頭のコスプレ資金源を垣間見てしまった。


「それで、どうして僕を処刑したくなるんだ」

「お前がリア充しているからだ。この裏切り者め」

 リア充?

「おいおいおい。僕がいつリア充になったというんだ。僕はちゃんと陰キャの戒律を守り、こうして彼女いない歴を更新し続けているんだぜ? 毎朝それを更新するたびに、僕はオタク共同体への忠誠を確認しているんだぞ?」

「おお、確かにお前には彼女はいない。彼女はな。

 だがお前。女子と親密にしている時点で、それはもう十分な反逆行為ではないのか?」

「反逆者なのか! それだけで!」

 そこまで厳しい掟があったとは聞いていないぞ。

「さらに言えばその、大宮とかいう子だっけ? 前々から思っていたんだ。三次元ロリに手を出すとは…。完全に追放対象だろ」

「いや、ロリの定義的に、中学生はもう許されるんじゃ…。」

 というか、僕がロリコン認定された時からなにかおかしいと思っていたが、僕が未成年で、大宮と一歳しか年の差がないのだから、いくらなんでもロリコンは言いがかり過ぎる。僕がもっと年を取っていて初めて適用する考えだろう。

 いちおう本物のロリと見比べてみたことがあるが、いざそうしてみると、大宮は全く幼児に見えない。普通に中学生のお姉さんである。ならば、どうしてこれほどまでに中傷されるに至ったのだろうか?

 そもそも、僕は手を出していないのだから、完全に言いがかりではないか。

「いや、ダメだね。もう精神的にアウトだ。物質的にはセーフでも、精神的ロリとロリコンだ」

「なんだその詭弁は。どうやっても論破できないじゃないか! 卑怯だぞ!」

 どうも最近は年下を相手にしただけで簡単にロリコン扱いする人が増えている。医学的な定義がないがしろにされて、概念がぼやけている。人口に膾炙した単語の末路というか、下手に日常言語に溶け込むと、訳が分からなくなってしまう。

「お前の拡大解釈は置いておくとさ、僕の話を聞いておいて、リア充認定をしたということは、なにか別の理由があるんじゃないのか?」

「おお、そうだそうだ。

 その、お前が話しかけたという人たち、六条 椿と朝比奈 沙霧な? お前はこういうのに疎いから知らないだろうが、この学校では有名な美少女二人組なんだぞ? しかもいかなる男子も落とすことができず、今や話しかけることすら困難になったという、そういう相手なんだぞ? その人たちと会話するどころか、あの六条椿に、多少なりとも好印象を残したとは、はーまったく、羨望というより憎しみの対象になるんだぜ?」

 鷲頭は鼻息を荒くしていた。

「そんな、うらやむようなことじゃないと思うぞ? 僕は犠牲としてけがをしたわけで、かといって目的の部員集めは失敗したんだぞ? 損害だけで利益がない」

「なんの成果も、得られませんでしたーッ!」

「そんな、進撃の巨人ほど犠牲は払っていないって…。」

 それに、そのセリフの後、しばらく調査兵団は犠牲を増やすだけだったじゃないか。縁起でもない。

「あーあ、誰かヒマなオタクはいないものかなぁ~」

「どうしてこの学校のオタクはみんな忙しいんだろうな…。」

 その通りだ。京成高校七不思議として登録していただきたい。

「そんなお前に、悪いニュースがある」

「いいニュースはないのか…。」

 考えるまでもなく、嫌な結果になるじゃないか。

「今日の放課後は、俺と一緒に委員会活動だ!」

 …。

「は?」

「寝ていたお前は知らないだろうが、前の学級会で、俺とお前は体育祭実行委員となった。よかったな。俺と一緒で」

 掲示板を確認すると、確かに僕と鷲頭の名前があった。

「その仕事、忙しいか?」

「忙しいだろうな。六月にはもう本番だ。急いで仕事を終わらせないといけない。今日から猛労働だ」

 カレンダーを見ると、もう一、二か月しか時間は残っていなかった。

「ほら行くぞ! 今日、今から会議だ! お前のその怠惰思考で、なんとかして一番楽な仕事を探してくれ」

「あぁ…。楽園がまた遠のく…。」



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