第28話

 僕には、他人というものがわからない。他人とかかわるということがわからない。そして、人が日々神経をすり減らしてまで、他人とかかわろうとする気持ちがわからない。同じ快感を、苦痛なしに、得る方法を知っているからである。しかしそれは、確かに、何かの機械で幸福な夢を見せられている状態と、現実のみで生きている人を比べて、もしくは現実で厳しい労働に耐えている人と、麻薬に溺れる人を比べたうえで、どちらが幸福であるかという、一時期盛んに議論された話題をぶり返してしまうかもしれない。だが、この幸福な夢を、コンテンツを見せてくれる機械、液晶の先にあるオタクコンテンツに長年どっぷりと浸かってきた僕にとっては、もはや議論することすら嫌になってくる話題だ。

 答えは簡単。みんなオタクになろう。そして煩わしい人間関係から解放されよう。

 そんな僕にとって、わざわざしち面倒くさい人間関係、恋愛関係を、三次元のリアル世界において追い求めることは、到底理解しかねる行為であった。(自分の両親がその不可解な行為を遂行したおかげで僕という存在があるとしても、である。人がいまここに存在する理由、原因というものは、常に理解しがたいものなのだ。)

 だがあの男は、それに手を出した。特に何か優れたところがある男とも思えない。容姿も、これはあくまで男性側の意見としてだが、特段優れた男の様には思えなかった。なにより、あのしゃべり方である。人間の自信や成功体験というものは、如実にそのしゃべり方に現れるものだ。

 一目見ればわかる。彼はその告白がうまくいくと確信できるほど、競争に有利な男ではない。

 それでも、彼は、求めたのだ。

 彼にそこまでする何かが、彼女にあったのだろうか。


 そういえば、彼女は、あの秋葉原にいたのだった。もしかしたら、いや、我々ほどディープなオタクとは、到底思えないが、それでも話は合いやすいほうかもしれない。ほかの生徒よりは、我が帰宅部への興味があるかもしれない。

 そして何より、これほど孤独をこじらせた人間など、これほど人間嫌いな人間など、めったに会えるものではない。

 ちょっと考えれば、そもそも人間が嫌いなら部活動なんかに入らないじゃないか、と疑問に思うのは道理だ。しかし、だからこそ既存の部活動には入っていない可能性が濃厚だ。そして告白に付き合ってくれる程度には、むしろ、お人よしだ。となると、本当に人間が嫌いなのかも怪しくなってくる。(例えば僕は毛虫が嫌いだ。ならば、仮に毛虫に告白されそうになったら、一目散に逃げるだろう。そうでなくとも、嫌いならば、一度たりとも出くわさないように細心の注意を払うだろう。とすると、彼女の行動は不可解だ。)

 もしかしたら、人間が嫌い、という言説は正確じゃないかもしれない。ならば、入部への希望も出てくるというわけだ。

 もとから奇妙な部活だ。奇妙な人間じゃないと入部してくれないだろう。

 ダメでもともとだ。ここはちょいっと、我が部に勧誘しに行こう。

「付いて来たまえ! 大宮!」

「先輩って変なところで度胸があるっすね。あの光景を見てもやるだなんて…。」




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