第26話
僕はここで、男子側がどんなことを言ったのか、詳しくは書かない。あまりにもありきたりなセリフであったのと、たどたどしくて言葉を噛んでしまうところなどは、記述してもお見苦しいだけであり、かといって修正してしまうと嘘を書くことになる。それは僕の、科学的良心が許さない。
そう、科学。
これからの話には、どうしても科学が重要になってくる。まだ学士号も取っていない、無知蒙昧な一学生の僕の話について、僕らの話について、科学を持ち出すのは恐れ多いことだが、それでも、この文明世界にいる限り、逃れることはできないのだ。
すまない。焦らしてしまった。その上に先走ってしまった。
時間を、戻そう。
ここであえて記述するに値するのは、女子の方だ。
僕はその女子を、初めて見る気がした。いやまぁ、僕みたいな人間にとっては、すべての女子が初対面みたいなものであるほど交流がないのだし、仮に以前会ったとしても、多少は交流回数もましな男子相手でさえろくに顔を覚えていない僕が、女子の顔を覚えているわけないのだ。だから必然的に、すべての女子に対して、僕は初対面な気がしなければならない。
とはいえ、それをあえて強調するのは、これほどの存在感のある人を、見落とすことができるのだろうかということである。できるのかと言われたら、僕のことだからできてしまったのだろう。ああなんと、僕は陰キャであることか⁉ とするだけのことなのだが、そうはいってもやはり、ここまでの存在感がある人間ならば、たとえ顔は忘れてもその雰囲気だけでも覚えてはいまいか、と考えてしまう。
それほどまでに、存在感があった。
僕にはあまり人を見る目がない。といっても、それは通常の意味ではない。人がどういう人間であるのか、あまり人とかかわらない人生を送ってしまったばっかりに、観察することができないのだ。それを表現することなど、もっと難しい。人を分類する言葉も、概念も、項目も不足していることが、その証拠だ。だからその女子について、僕は読者の皆さんが期待するようなことは説明できない。
だから、その、非常に下世話な話なのだが、軽く容姿のことを説明させてもらおう。
美少女だった。
それだけ? と思われるかもしれない。しかしそれくらいしか説明できないし、どう美少女だったのかとかは、まるで分らないのだ。逆に言えば、説明できないくらいには、それへの興味が少ない人間なのが、僕なのだ。自分でも時折思う。なぜここまで他者に対しての興味が薄いのか。他者に対しての言葉が少ないのか。だがそれもこれも、僕の人生経験の少なさに起因する諸問題の一つなのだ。
あえて他者を気にするときは、たいてい勉強に関することになってしまう。他者といったら書物、他人と行ったら本の先。そういう人生だったせいもある。他人は、顔で最初に認識される存在では、ない。すくなくとも、僕の中では、そうではない。
僕は他者に、活字で出会うのだ。それが順当に名前であったり、いきなり本文であったりは、まあそれぞれだけれども、とかく顔ではなく、活字なのだ。そのまま活字だけで関係が終わることもある。(レヴィナス先生、本当に申し訳ない。でもこんな僕みたいな他者がいても、面白いとはお思いになりませんか?)
そんな僕にとっては、美しい顔と、かわいい顔と、怖い顔と、その他人間の顔。これくらいしか分類項目がないのだ。
だから僕は、美少女とだけ書いておく。(ちなみに大宮は、かわいい顔に分類される。なんかこう、親バカじゃないけど、そう言いたくなる。そういう子だ)
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