第25話
しずかな廊下に、大宮の声が響いた。反響が終わると、大宮はハッと顔を上げた。そしてプイっと顔を背けると、ちょっと先まで行ってしまった。自分から置いていくなといったくせに。
まああれだ。誰だって自分を無視されたら嫌なものだろう。他人の目線は、案外重要だ。それが親の目線のように、暖かいものであればなおさら。
その、まぁなんだ。礼を失したのは僕の方だ。あー、目線のことだっけ? まぁこれからはちゃんと相手を見ておこう。どうも陰キャという生き物は人とかかわるのも、人を見るのも見られるのも苦手だ。目線のことで無礼を働きやすいらしい。これくらいのことなら、社会に出る前に治しておくべきだろう。
僕は大宮に追いつこうと、歩き出した。だけれども大宮の方も、同じくらいの速さで歩くから差が縮まらない。目を合わせるなんてもってのほかだ。
外に出た。日がまぶしい。太陽光は陰キャの敵だ。あの強い光に耐えられるような体力がないからだ。太陽のもとには陽キャが似合う。我々はカーテンを閉め、エアコンを起動し、ただ引きこもるのみ。
加えて紫外線対策が苦手なのもある。美容への意識が低すぎる。おまけに面倒くさがり屋だ。日焼け止めを塗り忘れて、数々の夏イベントでやけどに近い日焼けをするオタクの、なんと多いことか。(僕のことだ)
耳の片方から、運動部の声がする。人間の声だ。太陽光に負けるような、吸血鬼のような僕らの声でもなく、人間の声だ。活気にあふれた、人間の声だ。
僕はこの声を食べ物にできる気がする。むろん比喩だ。「これでご飯三杯はいける」のような比喩だ。その声を吸って、活気を取り戻せる気がする。僕は体育会系のことは苦手だから、一時期は応援団への苦手意識や斜めな見方もあったけれど、いまではあの意義もわかる気がする。
しかし僕の声の頂き方はちょっと違うだろう。その声をBGMにして、昼寝をするのだ。こうすると、テレビを見ながら眠るより、どれだけか元気になる気がする。まぁ、気分の問題だ。
だからそう、あの時も、大宮と初めて会った時も、そうしたくてベンチに寝転んだ。あの時はまだ、それほど日光が強くなかったから、僕ら陰キャも太陽のもとにいられたのだ。だから、心地よかった。
また考え事をしてしまった。怒られるだろうか。そうやって大宮を探すと、すぐそこで立ち止まっていた。
というか、身を隠している? 植物でできた青々とした生垣の切れ間の片方に、大宮は身を隠していた。僕が何となく声をかけようとすると、強い力で引っ張られた。大宮は口に指をあてて、静かにしてくれ、と伝えてくる。
僕も身をかがめて、生け垣の隙間から顔を突き出してみる。大宮との身長差が、ここでも生きるのか、うまい具合に頭が被らなかった。
視線の先にいたのは、一人の女子と、一人の男子だ。どちらも高等部だ。向かい合っている。直観的に、これは彼が告白でもしている光景だなとわかった。ふと大宮を見ると、なんとも意地悪な笑みを浮かべていた。偶然出くわした光景に、隠されたはずの光景に、なんとなく特別感があって興奮したのだろう。興味がわいたのだろう。まったく、悪い子め。なんとも意地汚い趣味だ。
いいぞ、もっとやれ。
それでこそ僕の後輩。これから幸せになりそうなリア充など、コンテンツとして消費してやれ。それが道理ですらある。
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