第24話

 翌日、月曜日。

「部員募集のポスターを作った!」

 と僕は大宮に言い放った。

「そこは普通、『ポスターを作ろう!』じゃないんすか?」

 至極その通り。これがほかの活動であったなら、ほかの組織であったなら、僕はそうやって仕事を振っておきながら、自分は何とかしてサボろうとするだろう。

 だが今回は、こればかりはそうはいかない。なにせ僕の安寧の地と実績を作るためなのだ。気を抜くわけにはいかない。

「ということで、なるべく人を引き付けるようなポスターにした。できれば顔写真をでっかく載せて目を引きたかったけど、なにせ僕の顔は人様の眼を奪えるほどさわやかじゃないからねぇ」

 どちらかというと、じめじめとした感じだろう。

「激しく同意するっす! でも…。」

 大宮がポスターのイラストを指さす。

「だからといっても、このイラストはないと思うっす…。」

 おにぎり三個とプリンを引き換えに鷲頭に描いてもらったそれは、教科書によく乗っているI Want You For U. S. Armyのポスターを参考にしたものだ。ポスターの枠まで細かく装飾されていて、思わず額縁に入れて飾りたくなるような出来であった。

「それにこの文章はなんすか! これじゃあ来る人も来ないっすよ!」

「え~。この前は褒めてくれたじゃないか」

「あれを誉め言葉だって思っていたんすか?」

 まだ部室も決まっていない以上、部員の僕らと連絡先以外、特に書くこともないので、この帰宅部がどういう存在であるかを端的に表した名文『帰宅部宣言』(例の『家とはメディアである』で始まる文章だ。共産党宣言に習って、僕は帰宅部宣言と銘打った)を掲載したのだ。

「これを見ればもう入部希望者が押しかけてくるに違いない。どうしようか。多すぎると管理が面倒だ。厳しい選抜試験でもやってやろうか」

「ここまで脳内がハッピーな人もなかなかいないと思うっすよ」

「わーい」

「褒めてない!」

 また大宮が『す』を抜き始めた。昨日からやけに感情が高まりやすくなっている。

「まぁもう作っちゃったし。これから貼ろうと思うんだよ」

「なんで30枚も印刷したんすか…。バカなんすか…。」

 疲れ果てた大宮は、もはや細かい指摘をしなくなっていた。


 この学校に来てから、僕はまだ日が浅い。入学初日のオリエンテーションで構内を案内された記憶はあるものの、全部を見たわけではないうえに、一回紹介された程度で覚えきれるわけがない。僕のクラスでは、移動教室のたびに地図を取り出して慌てふためく生徒の姿がまだ見られた。(ちなみに地図を取り出さない生徒は別に物覚えが速いというわけではなく、誰かについていけば問題なくたどり着けるだろうと考えている他力本願なだけである)

 そういうわけで、僕は校内のどこが生徒の目につく場所なのかも知らない。というか、掲示板の類が校内にどれくらいあるのかも知らない。大宮に聞いてみても、さっきから拗ねて黙り込んでいる。

 というわけで実際に歩いている。こうしているうちに、人が多い場所を見つけたら、そこに掲示しよう。


 …。

 まったくわからない。もはや迷子になりかけている。

 そもそも僕は陰キャだ。人がいないところに生息する、コケみたいな生物だ。それが直観に頼って人の集まるところを探せと? 冗談じゃない。無理に決まっている。

 どういうわけだか、さっきから進めば進むほど人がいないところに向かっている気がする。ここはいったいどこだ? 何階だ? どこの棟だ?

 学校というものは、その経営において、常に生徒数の増減に頭を悩ませている。知名度や若年人口の増減は、校舎の規模に影響を与える。しかし、どちらも予測不可能なのが難点。あとから増改築を繰り返すと、どうにも奇妙な構造で、隙間が少なく、把握しづらい空間となる。ときおり冗談交じりに、違法建築という語が使われるが、この高校はちゃんと消防法をクリアしたのだろうか? この様子だと、誰も使っていない教室のような、ちょっとロマンティックな存在に出会えるかもしれない。

 そう考えると、がぜんやる気が出るものだ。いいだろう、この学校を探検してやろうという気になる。

 いよいよもって人っ子一人いる気配がなくなった。というか、暗くてどうも薄気味悪い。気味の悪い涼しさがある。とはいえ、前方のほのかな光を見る限り、もうすぐ外に出てしまうようだが。

 人っ子一人? 

 僕は違和感を覚えた。僕のほかに誰もいない? いや待て、それは当たり前のことではないか。僕は陰キャなのだ。ひとりぼっちの時の方が長いはずだ。つながりは、液晶の先にあるはずだ。だが妙な違和感がある。もはや、そう違和感を覚えることすら違和感の対象だ。

 考えてみて、腕を振り回してみて、体が『やけに動きやすい』のを感じて、やっと気が付いた。

 大宮はどこだ⁉

 いつもくっついているから忘れていた。いつもくっついてくるという違和感が違和感を相殺してしまった。僕としたことが。最近はいつもあの子のことを気にかけている気でいたが、やはり気は気であったか、そういう気分でしかなかった。現実は違う。

 やれやれ。これが自分の子供相手であったなら、父親失格になるところであった。僕がまだただの高校生で、大宮もただの中学生でよかった~。

 …。

 いや、先輩失格じゃないか! なにのんきなことを言っているんだ僕は! 

 僕は急いで捜索し、呼びかけようと大声を出そうとしたその時、

「何してるんすか? 先輩」

 聞きなれた声が、聴きなれた高さから、聞きなれた距離で耳に入ってきた。

 大宮は僕のすぐ後ろに、音もなく佇んでいた。

「いやぁ~。大宮を探していたんだよ。悪かったね、はぐれちゃって」

 大宮は深いため息をついた。

「またわたしを置いていくなんて。先輩は無神経です」

「いや、だからそれは悪かったって」

「『いや』みたいに否定から話に入るところとか、明後日の方を向きながら早歩きするところとか、そういうオタクっぽいところ、嫌いです」

「嫌われた! 僕の根幹を否定された上に嫌われた!」

 治せと言われて治るものでもないのに。というか、この『いや』は否定語の『いや』なのか? 『否』の仲間なのか? わからない。こうやって、現実を精査するためにも、最初から否定で入るスタンスは有効だ。変えるつもりはないぞ。

「ごめんって。どうも最近考え事が多くってね。目の前の景色に黒板を重ねるイメージで前を見ているんだ。明後日の方角というより、黒板を見て歩いているんだ」

 黒板を見ているときは普通立ち止まっている気がするが、まぁ物の例えだ。

「じゃあ考え事をやめてください」

「僕の唯一無二の趣味を手放せと⁉」

 ガンプラを取り上げるがごとき横暴じゃないか! 断じて許さぬ。僕が麻薬やドラッグに手を出さないのは、あのファインマン先生が言っているように、この大切な遊び道具を壊されないためだ。それほど重要なのに、それを手放せと?

「断固拒否する。僕は泣き寝入りしない日本人なんだ。出るところに出てでもあきらめないぞ」

「そんなことで裁判所を煩わせないで下さい」

 なにをいうか! 税金払っているんだぞ。いわば年会費を払い済みの月額有料サービスだ。法廷のサブスク(サブスクリプション)だ。判決のビュッフェだ。使い倒して何が悪い。あと早歩きすることの何が悪い。

「じゃあ! じゃあ‼」

 大宮は語気を荒げた。僕は次にいかなる攻撃が、口撃がくるのかと待ち構えた。

「わたしを見てください!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る