第23話

「才能がない、才能がないって言ったって、それはそのすごすぎる人を見たから、いわば『勝手に』才能がないと思い込んで、悩むだけっすよね。そんなの無駄っすよ」

「そう言えたらかっこいいんだけどね…。僕みたいに世捨て人を気取っても、オタクになって競争から降りたつもりでいても、やっぱり執着からは逃れられないっていうか…。」

「先輩は修行が足りないっすね~。煩悩まみれっす。こんどお寺で修行体験しましょう」

「え、どこの寺で?」

「鎌倉」

「遠いよ! 秋葉原でさえ渋ったんだぞ! 引きこもりなめるな!」

「だから誘っているんすよ! 先輩はいま! すぐに! その社会不適合な生活スタイルを改めないと! ろくな大人になりませんよ!」

「もう手遅れなんだよ!」

「あきらめないでください!」

「どうしてそこまでして僕を真人間にしたいんだ…。」

「それは…その…。」

「僕のこれはね、大事な個性なんだよ。個性は伸ばすべきだ。京成高校の教育方針そのものだろ?」

「そこまで堕落した意味じゃなかったと思うっす…。

 あーもーー!! どうして先輩はいつもいつも! もう怒ったっす! これも! これも注文します!」

「あ、高いメニューから順番に! 人の金だと思って!」

「人の金で食う飯はうまいと聞いたっすよ。だから幸福の最大化のために、おごられるのが一番いい選択肢!」

「僕のモットーを改変するな!」

 まったくもう、どれだけ食うんだ、大宮は…。まあ、秋葉原では財布のひもが緩むものだ。多少の浪費は目をつむって…。


「お会計、5000円です」

 あいつ、3000円以上食いやがった!



 これだけ振り回されたのだ。最後くらい、僕の秋葉原でのルーティーンである、アニメオタク系のショッピングに付き合ってもらう。

 店に入って、思わず足が止まった。

『先輩、黒パンの人っすよ黒パン!』

 大宮が小声で言う。さっきの黒い服装の少女がいた。

『その言い方だとドイツあたりのライ麦パンを先に連想するけどなぁ…。』

『めっちゃ真剣に商品眺めているっすね。あの人、普通にオタクだったんすね』

『まぁ、よほど仕事とかの理由がなければ、やっぱりオタクであるほうが普通だよな。外見のせいで、そうだと思いづらかったけど』

『何を見ているんすかねぇ。ああいう人が、どういう作品が好きなのか、気になるっす』

『奇遇だな。僕もだ』

『じゃあ、偵察しますか』

『作戦開始!』

 すっすっすっすー。チラッ。

 すっすっすっす~。チラッ。

 高さの異なる視点からの、すれ違いざまの観測である。

 結果は…!

『なんか、普通でしたね…。』

『なんか、拍子抜けだったな…。』

 周囲がヤバい趣味のオタクに囲まれた僕としては…。あまりにも普通の、オタクと呼ぶことすら(ヤバいオタクからすれば、だが)憚られるレベルの、オタク趣味であった。

『そもそも人目に触れる、一階の商品を見ている時点でそうなんすよ。まっとうな人間に決まっているんすよ』

『それもそうか。いつも階段で地下から地上五階までを行き来するような、そんな異常者なわけ…。あれ、この流れだと僕、異常者扱い?』

 実際おかしいとは思う。狭くて高い雑居ビルで占められている秋葉原において移動すると、この狭い領域であっても足腰へ負担がかかることになる。エレベーターがないのはまだ許そう。省スペースということなのだから。でも階段を上りづらくするのは何とかならないのか? 戦国時代の城のように、やけに一段一段が高いのはやめてほしい。いつか年老いた時に、僕は秋葉原でどうすればいいのだ? 今からでもグルコサミンを摂取しようか?

 例の少女(黒パンの人とは絶対に言わないぞ。絶対にだ)は満足そうに、レジへと向かっている。純粋に楽しんでいる。いいことだ。

 邪魔するのも申し訳がない。僕らは階段を頑張ってのぼり、まっとうじゃない人のショッピングを済ませた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る