第21話

 あるレストランにて。

「なぁ、大宮」

「なんすか?」

「君はいつもそんなに多く食べるのか? その小さな体のどこに、それほどの食物が蓄えられ、その小さな体のどこが、それほどの食物を消費するというんだ」

「頭じゃないっすかね? よく考えるし」

「頭…プフッwww…。大宮が…。頭をwww…。」

「なめてるんすか! わたしだって頭使ってるっすよ!」

「脊髄で考えていそうだけどな、君は」

「何を言ってるんすか? 骨が考えられるわけないじゃないっすか? ニューロンで考えるんすよ、人間は。先輩は頭悪いっすね」

「比喩表現だよ! その、反射で人が動くときは、いちいち脳で考えているんじゃなくて、脊髄でもう判断を下して動くように指令するということから、特になにも考えずに、まるで本能だけで動いているかのようだ、っていう意味だよ。なんか自分で説明すると極まりが悪くて恥ずかしいな」

「すごく国語辞典みたいな解説っすね。ツダペディアっすか?」

「ウィキペディアは百科事典なのだが…。」

「余計な項目まで書いてあるところがウィキペディアっぽいっす。それでいて無駄知識を偉そうにひけらかすところはオタクっぽいすね」

「いま僕をバカにしたな!」

「いえいえ、尊敬しているんっすよ。よくもまぁそんな明日も明後日も使えない無駄知識を持っているなぁって」

「『トリビアの泉』にもならないほどなのか!」

「今の時代、こうしてスマートフォンで検索すればいくらでも情報が手に入るんすよ? 暗記なんて無駄っす。知識なんて、脳に入れなくてもいいんすよ。無駄なんすよ。無駄無駄」

「いまの声真似はディオ・ブランド―かジョルノ・ジョバーナかわかりにくいな」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄あッ!」

「オラオラオラオラオラオラオラァッ!」

 今度はわかりやすい。ジョジョネタは万人に通じるからありがたいなぁ。

「そうはいってもなぁ、大宮。知識なくして検索はできないんだぜ? 検索ワードは、結局自分で打ち込まないといけない。今のところ、頭の中にある、なんとなく調べたいことを読み取ってくれる装置はないし、いま調べるべきことが具体的に何であるか教えてくれる装置もないんだよ。オタクの会話にあるアニメネタについて知りたければ、そのネタをそのまま打ち込めばいいけど、そうやって誰かがなにか自分の知らないことについて話している場面に出くわさないと、新しいことを見ることもできないなんて、そんなの不自由だ。オタク的に一つのことを極めるために知識を得たいならインターネットで調べて、関連語句から飛んで知って行ってもいいけどさ、もし新しい世界を見て、自分の視野を広げたいなら、そういう自由な人間になりたいなら、やっぱりいろんなことについて知るようになった方がいい。

 そうしたいなら一番いいのは図書館だな。もしくは本屋。検索エンジンだと、画面が真っ白だろ? どんな世界がその先にあるのかも、世の中にどんなジャンルがあるのかも、全くわからない。そういう予備知識がある人向けの技術だから。

 でも図書館なら、目で見て、この世にいろんな領域があるのがわかる。歩いてみれば、それだけで違う世界へ越境できる。らくちんだとは思わないか? 真っ白な画面より、カラフルな背表紙の方が、いくぶんか素敵だ」

「オタクのくせに読書語ってる…。うわぁ…。」

「やめろぉ! 引くなぁ! 僕が本を読むことの、どこが気に入らないというんだ!」

「いや、その…。すいません…。いつも帰ったらすぐ自分の部屋でスマホいじって、動画ばかり見ているのかと思っていたっす…。」

「え、その通りなんだけど。そうじゃなかったら、帰宅部は読書部になっちゃうだろ? ごろごろしながらアニメでも見る部活を作りたいって、言ったじゃないか」

「言っていることとやっていることが違うじゃないっすか!」

「理想は理想。現実は現実。やっぱり本を読むのは疲れるんだよ。最近はラノベもきつい。漫画なんて、情報量が多すぎてめまいがしそうだ。ツイッターにある絵師さんがラフで書いた日常の一コマの漫画くらいが気楽でいい」

「それもうオタクじゃなくてただの陰キャになりかけてないすか? 漫画読んでいないオタクもどきなんて、英会話ができない英文学者です!」

「それは結構いるから許される」

「じゃあ法律を知らない国会議員です!」

「それも結構いる…。でも許しちゃいけないじゃないか…。」

「ではでは、ケーキを三等分できない理系少年です!」

「あれは、正確に三等分しようとして、あれこれ考えて動けなくなっているだけだ!」

 ていうか、理系を非行少年扱いするな。かわいそうだろ。

「知識が重要なのはわかったっすけど…。わたしには図書館は不要っすね。先輩がいつも変なこと吹き込んでくるから。勝手に世界が広がるっす」

「確かに人と会うことも視野を広げるための一手ではあるけどなぁ…。」

「間違えたら勝手に修正してくれますもんね。オタクくんは教えるのが好きですから」

「そうだけどな…。ていうか、オタクネタまだ引きずるのか…。」

「わたし知っているっすよ。こういうの、マーフィーの法則っていうんすよね」

「それは、想像しうる最悪のことばかり起こるように感じるっていう話の類だろ! それをいうならカニンガムの法則だ! …はっ!」

 はめられた! インターネットで正しい知識を得たければ、丁寧に質問するより、間違った知識を披露して、誰かが修正してくれるのを待つ方がいい、を地で行きやがった!

「わたしは何にも知らないっすよ。間違えるだけっす」

「かっこいいけど、ただ人任せなだけだー!」

 こうしてみると、大宮は頭を使っているようにも見えてしまう。

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