第19話

 さて一同。着席をお願いして、結局なんであったのか。まるで分からない。

 ここまでの思考、一秒と掛かっていない。妙なところで思考が速くなるものである。こんな感覚、入試以来であるな。心地よい爽快感がある。だからやめられない。思考という遊戯は。僕は元来ものぐさではあるが、その分、思考することは大好きなのだ。

 その時、衝撃が走った。

 その女性は、スカートを振り払ったのだ。そして服装の乱れは、元に戻った。

 やっと合点がいった! あれは普通に、女性用の下着ではないか!

 なんだなんだ。わかってしまうと別に驚くようなことでもない。さっきの喧々諤々とした議論は何であったのか。まったくもって馬鹿らしいではないか。

 ん? ちょっと待てよ?

『急げ! 記憶を再生しろ! 映像記憶だ! 映像記憶を再生しろ!』

『もうやっている! だがなあ、変な議論にかまけていたせいで、ろくに映っていないのだ! もうぼやけ始めている!』

『ならば修正すればいいだろう!』

『ならば補正すればよかろう!』

『こんな機会めったにあるものか! パンツだぞ⁉ 我々は、かつてズボンと呼ばれていたパンツでもなく、正真正銘、女性の下着のパンツを見たのだぞ! パンチラだ! おお、神よ! これほどの奇跡が、本当にあるのか! このようなことが、現実として起こりうるのか! いや、ないのだ。だからこそ、奇跡なのだ! これは恩恵なのだ! 日ごろの献身が、ここに結実したのだ!』

『おお、これこそ勉学の功徳、善行の功徳であるぞ! 我は電車において老人を見かけ、一度たりとも席を譲らなかったことはなし! 弱者を見て、一度たりとも涙を流さなかったことはなし! 神域に入りて、いかなる無礼も働いたことなどはなし! 神を欺き、その戒律を破ったことはなし!』

『それを神はご照覧あそばされた!』

『おお、天に召します我らが神よ! いついかなる時も、われのそばに寄り添い、我を見守るその慈悲深き心よ! 確かに、確かに感じましたぞ!』

『議員たちよ! 再生はまだか!』

『いま、ここに!』

『モニター、映ります!』

『『『『『『おおおおおーーーーー!!!!!』』』』』』

『諸君、我を見よ、われの話を聞け! 議員諸君よ!』

『何事だ! 分析委員会委員長よ!』

『静粛に!』

『皆の衆、分析委員長の話を聞こう!』

『これを見よ。そしてホワイトボードのイラストを参照あれ! このイラストの通り、我らが『黒い長方形』として認識していたものは、『黒い三角形』であったのだ! 男性用下着と構造が異なるため、理解が遅れたのだ。そしてこう、真正面から見ても三角形になるのではない。その頂点の一つが、必ず折れた形になるのだ。そして今回のパンツは、大きく、のっぺりと黒く、分厚さを感じさせる、漆黒のパンツであったのだ! で、あるからして、それはちょっと頂点が折れた形になるのではなく、むしろ折れ過ぎて、台形のようになっていたのだ!』

『なるほど! やっと理解できた!』

『台形を長方形だと、誤認したのか!』

『議員諸君! 分析委員長に拍手を! そして映像記録担当者、修正担当者、その他あらゆる協力者、尽力した者たちに、盛大なる拍手を!』

『『『『『おおおおー‼』』』』』

 こうして議会は無事閉会。疑問もすっきりして、ついでになんだかいい気分になった。

 この過程、もはや一秒どころか、0・5秒もかかってはおらぬ。分析能力こそ現代社会を生き残る技量、貴重なスキルである。

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