第18話

 フワッと、風が吹いたようだ。さっきの突風と比べれば、なんということもない、僕たちの前身を止めるほどの強さはなかった。

 だがそれは、普通の風と比べたら、十分に強かったらしい。


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。おかしな光景が広がっていたのだ。その女性の下半身に、『黒い長方形』があった。

『長方形』? どういうことだ? まず長方形自体が、おかしな存在だ。自然ではない。自然には、長方形は存在しない。だからかなりおかしな光景だ。

 だから多分、先ほど弁明したように、認識におかしなところがあったとしか思えない。そうでなければおかしい。いや、今となっては、それがおかしな認識であったとわかってしまっているのだ。だからおかしかった。変だった。僕の眼は。

 僕はいつもの癖で、受験戦争を勝ち抜くために用意されてしまった癖で、日本社会が学生に『そうであれ!』と要求してきた癖で、原因を探ることにした。何がおかしい? どちらだ? 長方形がある謎を探すのか? それとも、なぜ長方形であると認識したのかを探るのか? それとも、長方形として認識しうる、何かが、僕の認識の先にあるはずなのだと、考えて、そのイデアのようなものを、何とか直感的に探ろうとすればいいのか? 僕の頭はまず、『何をどう考えればいいのか』の時点で混乱状態にあった。

『ふんどし、じゃあないのか?』そんな考えが出てきた。脳内会議という、よく使われる比喩で僕の思考を説明するならば、そんな意見を述べた奴は、そうとうおかしな連中であるとしか言いようがない。

『いやいや、普通に考えてみろ。我らの記憶の中にある、下着で長方形であるもの。しかも股間に位置するものだぞ? ふんどしが一番その条件に合う』

『おいおいおい。まあ待て、落ち着け。頭をやられてしまったのか? 相馬や鷲頭にでも、影響されてしまったのか? なるほど、近年のオタク界隈は、ほかの作品と何とかして差をつけようと努力したあげく、かなりえげつない、自然の摂理を外れた対象を描いた作品が増えていることは、我々も十分に認識していることなのだ。それも、男装女子ならいざ知らず、性別について、とりあえず差異があれば目立つだろうということで、もはやこれは性別を指す属性なのか? と疑いたくなるような、あたらしい属性や性別がどんどん生まれてきていて、現実の性の多様性についてだらだらと議論してもめている状況を、まるであざ笑うかのようなことになっていることも、当然知っている。だが、だがなぁ。そこにいきなり行きつくのはどうなのだ。やりすぎだ。抑えたまえ。ふんどしを履いた女子なんて、そんな属性なんて…。よく考えたらどこかの作品で見たことがある気がするから強く責めることができなくなってしまったのだけれども、やはり避けて通るべき思考だろう』

『何を言うか。至高の嗜好だろう』

『貴殿の嗜好などどうでもよいのだ。いやむしろ、自分の嗜好に従って提出された意見となると、余計に破棄せねばならなくなる。とにかく、その線での論議は致さぬ。

 誰か、ほかに有力な、説得力のある説はないのか?』

 しかし、ほかの意見は出てこない。

『ほら見てみろ。やはり我が意見の方が説得力のある、そして唯一の説ではないか。そう、眼前にいる女性は、まさかの、しかも男物のふんどしを履いた、ふんどし系女子という新ジャンルだったのだよ』

『もう黙っていてくれ! 頭がおかしくなりそうだ!』

『何を言うか。頭と性癖は、おかしくしてこそオタクだと、決まっているではないか。ここは破壊と創造の街。今までの常識など、壊して当然の街であるのだぞ。いいから、早く認めるのだ。我が意見こそ、通説であると』

『こんな意見など認められるものか! それにまだ、確定したわけではない! 疑わしきは罰せよというのが、科学者の姿勢であろう』

『ありうる仮説ならば、それしかないのであれば、教科書に乗せるのが、筋であろう』

 ざっとこんな感じの、脳内会議の混乱ぶりである。

『いや待て! 視覚情報を精査せよ! 黒い長方形とあるではないか! 長方形のいびつさに気をられ、またいままで黒い服装を見ていたばかりに違和感を持たず、見落としているではないか! なあ、ふんどし系女子が嗜好の変態議員よ、これをどう説明せんとする! 黒いふんどしなど、あってたまるものか!』

 一同大歓声。スタンディングオベーションまで起こる始末である。

『そ、それは…。新しいジャンルの境地ということで…。』

 という発言者氏の声は、かき消されてしまった。

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