第15話

 どう考えても数十キログラムはある装備を着て、しかも目立つというのだから、警察から逃げおおせるのは困難かに見えたが、特に鷲頭は逃げ足が速く、警察もあきれて追いかけるのをやめてしまったため、逃走は成功してしまったらしい。どれだけ訓練しているのだ、彼らは。

 そんな彼らの様子をしばらくポカンと眺め、やがて正気に戻った僕たちは、目的のショッピングを始めた。

 僕はいわゆるアニメオタクに近い側の人間であるため、秋葉原で買い物をする場所と言ったらアニメイトか、とらのあなか、メロンブックスと相場が決まっている。逆にカードゲームを売っている場所を、僕は全く知らなかった。視野狭窄といっていい。いつも通っていた道のビルに、たまに限定ショップをやっていたビルの別の階に、カードゲーム売り場はあった。

 カードゲームというくらいだから商品は軽いのではないか、荷物持ちなど必要なのかと問うと、

「うるさいですね…。」

 と返された。狙ってこの『言ってないセリフ』を選んだのか?


 余談だが、『言ってないセリフ』とは興味深い。これは、あるキャラクターが言っていそうなセリフではあるが、作中では言っていないセリフのことを意味するのが定義だ。ファン同士の交流の中で、もっとも秀逸なものが流布していく過程で成立する。『言ってないセリフ』は言ってないのだから、キャラクターとここまで結びつくのは奇妙なことだが、『原作とアニメで言ってないだけだろ』と言われるようになった以上、そこに意味を見出さざるを得ないだろう。

 ここに、ファンの共同作業で新たに作品が生まれ、創作され、作品世界が広がる現象があるのだ。

 これが行き過ぎると、古い概念だと『作者の死』なのかもしれない。

 本来的な意味とは違うのは重々承知だが、作品の自由な読解が、結果として能動的な創作になるという観点でいえば、同じようなものだろう。

『言ってないセリフ』は言ってないが、同時に言っているのだ。


「まーた先輩が妙な解説を始めた気配がするっす。その俯瞰する態度、オタクっぽくてイラつくのでやめてください」

「ひどいなあ。俯瞰癖はオタクの伝統、アイデンティティだろうに。文化破壊で訴えるぞ」

「バカなことを言ってないで、行きますよ。おなかすいたっす。適当に店を探すので、先輩はお会計お願いします」

「なるほど、見事な分担、連携プレー…。なわけあるかー!」

「ダメっすか?」

「ダメに決まっているだろ! 隙を見てはいつもタカってくるなぁ君は! 大宮が行きたいといったんだぞ。おごられる筋合いこそあれど、僕がおごる理由はない」

「この通り! お願いするっす、先輩!」

「体育会系的にお願いしてもだめだ!」

「お願い~~~」

「目を潤ませて、ぶりっ子風にやってもだめだ! ちょっと古臭いのが減点対象だ」

「お願い、お兄ちゃん♡」

 上目遣いプラスお兄ちゃん呼び妹キャラは…。耐えられなかった。

「しょうがねーなー!」

「わーいお兄ちゃん大好きー」

 僕は今後一生、これほどまでに心のこもっていない、しかして下心だけが入っている『大好き』を、聞くことはないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る