第14話

 電車は秋葉原駅に着いた。いつものごとく、電気街口を目指す。

 改札を抜けると、広場に人だかりができていた。誰かパフォーマンスでもしているのか?

「整列―!」

 金属音とともに、号令らしきものがかかる。え、何をしているのだ?

 群衆をかき分けると、そこにはローマ帝国兵がいた。嘘ではない。色鮮やかに装飾され、ピカピカに光る鎧を着た、重武装のローマ帝国歩兵隊がいたのだ。

 むろんこの街のことだ。コスプレであろう。それにしてもまぁずいぶんとよくできているな。この系統のオタクのことだ、何人かは金属製の忠実に再現されたものを着ているに違いない。例えば、あそこにいる彼とか…。

「てか鷲頭じゃねーかおい! こんなところで何をしている!」

「その声は! おお、偉大なるわが同胞、ツダニウスではないか! 見てわからぬのか、ローマ市民がその誇り高き精神をもってして結集し、戦列を組み、ローマ市の外にいるのだぞ! どう見ても遠征ではないか! つまり我々は現在、秋葉原を属州にせよとの命令を、高貴にしてその栄誉がイタリーを超えて全世界へあまねく届く皇帝マルクス・ウルピウス・ネルウァ・トラヤヌスから受け、ライン川軍団の先鋒としてはせ参じたのだ! 先んじてはツダニウスよ、なにも最初から剣を突き立てることもない、降伏を促すため、この地の蛮族どもに、我らが武力のいかほどであるかを、こうして演習によって示そうというのだ」

「ワシズニアスよ、何を言っているのかさっぱりわからぬぞ。お前この間、『ヨーロッパなんてアジア商品の消費地。経済力も生産性もない辺境。』ってディスっていたではないか! 典型的アジア史オタクの末路だと、僕は感心していたところだったのだぞ!」

「はて、何のことやら。シルクロードはローマにも至るからな。うっかり交易路上の国をすべてローマだと勘違いしていたかもしれぬ」

「こうも言っていたぞ。『すべての道はローマに通ずる、だなんて自慢になりゃしない。真に重要なのは海路なのだ。だからインド太平洋交易路こそ最強の経済圏』だってな! 僕は感心したのだぞ。覚えたての海洋史に、ここまで影響される奴がいるのかと」

「ふーむ、覚えていないな。海など、地中海を我らが海、パックスロマーナとすればよいではないか。そんなことを言ったとは思えぬ。どこかに記録でもあれば信用するのだが」

「今度からお前の言行を、いちいち神殿の石碑にでも刻んでやろうか!」

 鷲頭にコスプレ趣味があるとは思わなかった。それに、今までうっかり東アジアの王朝が担当だと思っていたのに、これではどこが専門のやつなのか分かったものではない。

「テストゥド(testudo)陣形―!」

 彼らは盾を密集させ、上方も防備し、密集陣形を組んだ。これって危険地域用の陣形じゃないのか?

 彼らは陣形を縦横無尽に変化させ、号令一つで槍を突き出す。なるほど、どこに出しても恥ずかしくないローマ軍団兵だ。なぜここまで規律が取れているのか、いったいどこで訓練したのか、移動はどうやって、どこで着替えたのか、そもそも彼らは何者なのか、いろいろと聞きたいことがある。

 おっと、今日はかなり風が強いな。晴れていても、どこかの気圧が高いか低いかのせいで、風が強めだった。

「きゃー」

 野太い声でワシズニアスが言った。スカートみたいな鎧の下半身の部分を抑えている。

「え、何をしているのだ。気色悪いぞ。それに、それだけ重ければめくれることもないだろうに」

「うむ、これはこの鎧を着ているときによくやる一発芸なのだ。見た人間の脳裏に一番よく残るらしい。ウケが欲しいとき、ここぞっていうタイミングでやるのだよ」

「それ気持ち悪いから印象に残るだけだぞ。…。おいまて、どこまでリアリティーを追求した? ちゃんとパンツは履いているのか?」

「何を言っている? ローマにパンツはない。化学繊維は極力排しているからな、俺はこの鎧を身にまとうときはパンツを履かないと決めている」

「あの危険な一発芸をやるのにか⁉」

「臨場感と迫真性が出るだろう?」

「ただの変態だろう!」

 すると鐘が鳴った。

「まずい! 警察だ! 逃げるぞ! さらばだ、わが同胞よ!」

 あいつら警察の許可とっていないのか! 万世橋警察署さんを困らせるでない!

「なんか…。すごい人たちでしたね…。先輩の知り合いっすか?」

「ああ、その、同じクラスのオタク仲間だ。前に言っていた、漢詩が得意なやつだよ」

「あんな身を張った芸をする人なんすね…。もっと落ち着いた人かと思っていたっす。やっぱりこの学校変な人ばかりじゃないっすか。わたしって常識人なんじゃ?」

「高入生に変人が多いだけだと思うぞ」

 あの大宮を絶句させるとは、鷲頭もやりおるではないか。

 大宮はこの強風に対策してなのか、ただ単に動きやすくしたいからなのか、今日はショートパンツ姿だ。普段からスカートの下に何かつけていると聞いていたし、ただ動きやすいのが好きなのかもしれない。

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