第13話
「あと先輩、転職サービスも多いっすね」
「需要があるっていうか、夢があるんだろうな。企業の人事担当者へ向けた広告じゃなくて、労働者へ向けた広告だから。人材紹介じゃなくて転職先紹介。この差は大きいな」
この年功序列、生涯雇用社会の日本でまあこれほどまでに転職サイトが勃興したのは興味深い。変に『自由で流動性のある資本主義』を取り入れた結果、ただ職を失うリスクが上がっただけのようにも思えるが、それでもとっくに一つの企業での立身出世が絶望的になっていた労働者からすれば、高収入になる転職物語が一種の救いとして神話化されているのかもしれない。
ほかの広告にも目を向ける。短期間習得を謳う英会話スクール、何の役にも立たない精神論格言集、権威で着飾ったビジネス書…。クソっ、飯の話はないのか、飯の話は。僕はおいしいハンバーグの宣伝とか、そういうのが見たいのだ。こんなステータスを押し付ける広告など、そんな欲望喚起装置など、まっぴらごめんだ。
「人からどう思われるかとか、先輩は気にしてなさそうっすもんね。ステータスとは一番無縁っすから」
「その通りなんだが…。その言い方だと語弊があるな。『他人からの評価とか気にしません』って言葉は、厚顔無恥な恥知らずたちが使うようになっちゃったから」
「やっぱり合っているじゃないっすか、恥知らずのリョウ先輩」
「そんな、『恥知らずのパープルヘイズ』みたいに言うな。僕のどこに恥知らず要素があるんだ」
「いい年した高校生が女子中学生とじゃれ合っている姿を衆目にさらしているところとかっす!」
「うわ何それ恥ずかしい!」
「それに先輩。先輩がロリコンって呼ばれるようになったって、わたし知っているんすよ(ニヤリ)」
「知っているのか、大宮!」
「もう全校に広まっているんじゃないっすかねぇ~。京成高校随一のロリコン、津田涼蔭って」
「最悪のニックネームじゃねーか!」
それにそれだと、弊学にはほかにもロリコンがいることになる。いや、そもそも僕はロリコンではないはず、であるのだが。
「まぁ安心してください、先輩。学校中の女子が先輩を避けても、わたしだけは遊んであげるっすよ」
「なんで僕が誰かに遊んでほしい子になっているんだ。僕は一人でも楽しめる子だ」
「そういって友達付き合いを避けてきたから、今の先輩のダメダメ高校生活があるんすよ。反省してほしいっす」
反省を促されてしまった。一人で遊んでいただけなのに。
「そんな視野も交友関係も狭い先輩はともかく、普通の人はステータス大好きっすよね。誰に自慢したくてそんなことに必死になってるんすかねぇ。わたしにはわからないっす」
「そりゃあ…。誰だろうな。お見合い相手とか? あとは友達?」
「その相手は本当にそのステータスが好きなんすか? それが一番?」
「そんなことはわからないけどさ。とりあえずみんなが欲しがっているやつだから、汎用性があるというか、つぶしが効くというか、そういうわけだから、手に入れようと頑張っているんじゃないかなあ」
「そんな誰のためなのかもわからないのに、誰に気に入られたいからなのかもわからないのに、頑張るだなんて、わたしには無理っす。やる気でないっす」
「じゃあ誰に対してなのか分かればいいのか?」
「そうっすね。わたしは目の前の人がわたしを好きでいてくれたら、それで幸せっす」
「そりゃ良いな。幸せそうだ」
だけどそんな境地には、僕はたどり着けないと、そう思う。そもそも学生という生き物なのもある。学歴のために受験戦争をしてきて、いま再びその戦場に戻らんとする高校一年生に、そんな幸せな境地など望むべくもないのだ。
それに僕には、僕たちには、自分を好きになってくれる、もしくは好きになってくれそうな、または好きになってほしい周囲の人間、『目の前の人』というものが、欠如している。
陰キャの目の前にあるのは、液晶ただ一つだけだ。人ではない。
インターネット上でつながったって、相手にしているのは一人の人間ではない。アイコンで、アカウントだ。だからコミュニケーションがうまくいかなかったり、けんか腰になっている人がいる。インターネット上のコミュニケーションの問題は、相手が人か否かの認識の失敗でできている。
そこまで来たらステータスなどいらないじゃないか、だって人がいないのだろう? その指摘は、本来なら正しいのだろう。だがコミュニティーから追放され、切り離され、あるいは人とのしがらみから解放されたはずのわれわれの目の前に飛び込んできたのは、人ともそうでないとも言い難いものであった。
それは世界であった。
現実的で物質的な、人間とのつながりをやめてしまうと、逆に今までの物理的制限下ではできなかった物量のコミュニケーションが展開された。相手にしなければならない情報が、世界が、多すぎる。ワールドワイドウェブの名は伊達でない。常に世界を相手にするのだ。そして今までなら知りえなかったような実力者に出会うことになる。
井の中の蛙大海を知らずという。
しかして今は、インターネットの海は、もはやこの慣用句で想定された規模ではない。
一度たりとも有頂天になることが許されない。むしろ常に自分が無能で、無価値で、なんの才能もない凡夫であるとの意識と、戦わなければならない。
だから追い求める。世界に認められるために。世界に通用するようなステータスを。
そこに終わりがあるはずがない。人類が今まで経験してきた競争の中で、一番絶望的な競争だろう。ステータスという概念自体が、常に格差と階級を生産する存在だからだ。いったん上に上がったところで、すぐに新しい階級が生まれ、自分はいまちょっと上がったかどうかも分からなくなるほど、どうでもよくなるほど、下層で不遇をかこつことになる。
僕らは常に孤独だ。この戦いに、たった一人で参戦しなければならない。味方がいるとは考えない方がいい。ともに理想郷へ至らんとするような仲間もだ。
徒党を組んでも無駄だ。それは本当のつながりを持っていない。偽物の、かりそめの集団だ。
繰り返そう。僕らはたった一人で、世界を相手にしなければならない。
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