第12話

 千葉県民にとって、秋葉原は近かったり近くなかったりする、微妙な土地だ。近くない、という人はより千葉県の内陸側にいる人だろう。一方、沿岸の、特に総武線上に住む人からしたら身近な存在となる。仕事や通学の都合で東京方面に行くならば、秋葉原は観光地というより日常の風景の一つにさえなる。

 電車内はそこまで混んでいない。通勤・通学ラッシュと比べたら、休日の総武線はまだましな方だ。これが朝10時以降になるともっと空いている。とても首都圏の鉄道とは思えない乗客の少なさだ。

 乗客は皆スマホに目を落としている。ラクラクスマホだのなんだのと言って、高齢者相手のスマホ普及に苦労したのも今は昔、特に東京近辺では老人だってスマホを扱い、メッセージを送り、ソーシャルゲームにかまけている。デジタルディバイドとは何だったのか。年齢よりも、都会と地方の差の方がこの問題では深刻なようである。

 一方、スマホを取り出すわけでもない大宮は始終キョロキョロして落ち着かない。こちらが話しかけてやらないと、話を絶やさないでいてやらないと、気まずそうな顔をしてしまう。

 陰キャは静寂を追い求める生き物だ。静かなのは好ましいことだ。だから静かにじっとしているのが落ち着く。僕はそういう人間だけど、大宮は違うのか?

「先輩、あれ見てください」

「ん? 広告がどうかしたのか?」

「脱毛と育毛の広告が並んでいるっすよ。なんか変な感じっす」

「あ~。一方では体毛を悪者にしているのに、もう一方では体毛を偽ってまで増やそう、多いように見せかけようとしているんだもんな」

 体毛を増やす方は中年男性向けで、体毛を抜く方は若い女性向けばかりだが。女性向けウィッグの宣伝が少ないのは不思議だな。テレビ広告だとよく見かけたというのに。中年男性は通勤するから電車広告で、中年女性は家にいることが多いからテレビ広告で宣伝とか、そういうことを考えているのだろうか。だとしたら若い女性向けの広告があるのは未婚女性の通勤者を想定しているといったところだろうか。こんなところで日本の労働環境が現れているんだなぁ。

「なんか春は脱毛の季節とか書いてあるっすね。そんな季語みたいなことになってたっすかね?」

「いいや。あの企業は年がら年中、脱毛の季節扱いしているからな。アメ横の閉店セールを何年もやる商店並みにたちが悪い。そろそろ消費者庁が動くべきなんじゃないか?」

「脱毛の季節は春と定めるべし! って法令作ったりとか?」

「そんな法令ができたら世界中の笑いものだなぁ。そのうち脱毛記念日が国民の休日扱いになったりとか」

「脱毛感謝の日」

「抜けてしまった毛に感謝しよう」

「いつの間にか去り行く頭髪に涙を流す日になっているっす!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る