第10話

 鷲頭たちと別れた後、スマホにメッセージが届いた。大宮からだった。


『カードゲームの新作を買いたいから、今度の日曜日に秋葉原まで付き合ってほしいっす』

『なんでだよ。一人で行けばいいじゃないか』

『女子からのデートの誘いを断る男はモテないっすよ』

『事実確認じゃないか。なんのダメージもないね』

『開き直った!』

『事実を事実として認める。うむ、研究者の適性のある人材だとは思わないのか?』

『ニートへの適性の間違いじゃないっすか? 怠惰にもほどがあるっすよ』

『怠惰とは何だ。僕は積極的に労力を減らそうと、日夜努力しているんだぞ。むしろポジティブだ』

『ポジティブシンキングの結果がそれだったら今すぐ自己啓発本を焚書すべきっすね』

『先輩への敬意って条項を消すためだけに焚書坑儒しそうな大宮が言うとおっかないなぁ』

『とにかく! 日曜日に駅前で集合! 荷物持ちよろしくっす!』

『これデートじゃなくて買い出しじゃねーか!』


 くそっ、面倒くさいな。僕は根っからの出不精だというのに。

 だいいち、貴重な休日をつぶすんだぞ? 二つあるうちの一つじゃない、たった一日の休日だ。

 進学校には土曜日も授業があるところが珍しくない。京成高校もその一つだ。その環境下で、日曜日の持つ意義は大きい。じっと布団から動かず、月曜日からまた始まる苦学の日々に備えなければならない。

 は~まったく、面倒くさい。

 かといって、断るのも面倒くさい。

 面倒くさい。面倒くさい。面倒くさい。

 何を着ていこうか考えるのも面倒くさい。秋葉原だろ? やはり土地のTPOには配慮しないとな。はー面倒くさい。流行も気にしないとなあ。流行りのアニメを取り入れないと、時代遅れの化石オタクだと思われてしまう。一途に一人の嫁キャラを推している古強者なオタクならまだしも、僕みたいな新参オタクがにわか知識でやるとかえって中途半端で見栄えが悪い。そこも考えてトレンドを取り入れたオタクファッションにしないと。やれやれ、面倒くさいなあ。

 そもそもベースとなる服装はどうしよう。伝統的スタイルならチェック柄のシャツにベルトで締めるタイプの茶色っぽいズボンを合わせて、シャツをインしないといけない。髪はなるべく無造作に、かといって長すぎて目が完全に隠れてもいけない。全体的に均等にカットされたヘアスタイルであることが重要だ。メガネはまあ、伊達眼鏡で代用するか。黒縁だとなおよし。丸眼鏡だと明治時代の人みたいになるから四角いレンズを選ぼう。ところどころに迷彩柄やキャラクターのイラストが入ったアイテムをつけるのも忘れてはならない。なるべくごちゃっと、足し算のファッションを目指そう。暑い夏なら黒っぽい半そでと半ズボンで事足りるが、それ以外の時期は面倒だなあ。カバンはどうしようか。リュックサックにしようか。缶バッジで埋め尽くされたトートバッグにしようか。ひもを長くし過ぎてまったく体に密着していない大きめのボディバッグという手もあるが、あれは中学生のオタク専用のアイテムだ。手提げカバンだと今度はただのフラッと寄ってきたビジネスパーソンか、電子部品でも買いに来た企業研究者風になるぞ。

 一方、いまどきオタクファッションというのも捨てがたい。特徴は何といっても、缶バッジの量が極端に減ったことだ。気合が足りんぞ! とも言いたくなるが、外出時に持ち歩くと傷をつけてしまうという問題があるし、最近はグッズを家に保管するのが主流なんだろう。布教用グッズを持ち歩いていた時代は遠くなりにけり。

 全体として黒っぽいファッションだということは変わらないが、いまどきオタクファッションは伝統的スタイル以外のファッションってところもあるし、そう簡単にこれといったものを見つけられないんだよな。まあまずシャツはズボンにインしない。というか、前のボタンを締めないアウターに異様にこだわる。絶対に着ていないといけない。そしてそれを肩掛けバッグで台無しにしてしまうのだ。せっかく前を締めないでおいたアウターが、バッグのひものせいで中途半端に閉じてしまう。あとシャツはヨレヨレの手入れされていなさそうなのが多い。猫背になって、バッグのひもを両手でつかんでいれば典型的いまどきオタクファッションの完成だ。丈を長すぎるようにしたり、体にうまくフィットしていなくて実際以上に太っているように見せるのも重要だ。

 だがなあ、これはあくまでよく見かけるうちの一つとしか言いようがないからなあ。外国人観光客が加わったこともあるけど、最近は秋葉原の多様性が高まりすぎて、これといったオタクファッションが定めづらい。まったく、困った困った。

 面倒だ。面倒だ。

 どうせなら周囲を驚かせるほどの強烈なのがいいだろう。オタク津田涼蔭ここにあり! ってのが最高だ。

 どれ、予備の缶バッジはどこにしまってあったかな?


 スマホにまたメッセージが届いていた。

『変な格好で来たら許しませんよ』

『なんでわかったの⁉ もしかしてエスパー? てか突然の敬語怖い!』

『やっぱり…。先に着ていく服装を写真で送ってください。チェックしますから』

 ヒエッ。

 その後、大宮の審査を通過するまで三時間かかった。

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