13
ユーシスは着地後、背後を取っていたエイラに握った氷剣で間髪入れず首を狙われるがそれは後ろが見えているかのようにしゃがみ躱した。そして立ち上がりながら背後を向き、二撃目を止めた。向かってくる側とは反対の手で柄部分を受け止めたユーシスは、続けてエイラに対して攻撃――かと思われたがそうではなく彼の手は迷うことなく氷剣へ。刃に触れぬよう掴むと強引に剣身を圧し折った。氷の割れる音が響いた後、切先と指先の向きを合わせて持ちそのままエイラへと尖端を突き出した。狙うは首元。
だがもはや定番の如くあの氷塊が現れては切先を阻んだ。予想済み。そう言うようにユーシスの柄から離れたもう片方の手は拳を握り殴り掛かる。
しかしこれも氷塊。ではあったがその一撃に全てを籠めるが如くこれまで以上に力強いその拳を受けた氷塊には罅が広がった。それを目にし折れた剣身を手放したユーシスは更に拳へ力を籠め強引な突破を試みる。呼応しより深くより広範囲に広がる罅。ユーシス自身の感触でも外から見ても氷塊が割れるまでは時間の問題だった。
そしてそのまま氷塊を貫いた拳がエイラへと初めての一撃を喰らわせる。はずだったが、その一歩先にエイラは大きく退いた。それから氷塊の砕ける音と共にエイラとユーシスの間にはリセット的な間合いが開く。
だがユーシスはその間合いを一瞬の間も与えずに詰め、攻撃の手を緩めようとはしなかった。しかし向かってくる彼を避けエイラは上空へと跳躍し、同時に打ち付けられた波のような形を成し一つ一つが尖鋭な氷塊がユーシスへ横から襲い掛かる。まるで敢えて引き付け不意を突くような攻撃。
ではあったが、ユーシスはそれを圧倒的な反射神経で躱すとその一本を足場にエイラを追った。
上空で再び相まみえるとユーシスは拳を構え、エイラは今までのより大きな氷塊を目の前へ出現させた。そして握り締めた拳は氷塊へと加減など微塵も無く突き出される。その一撃は氷塊を流れるように突き破るとそのままエイラを地面へと一直線、叩きつけた。
立ち昇る塵煙。遅れて着地したユーシスは、まだ冷気にも似た煙に包み込まれているエイラの方へ一歩足を踏み出した。
すると、床に仕掛けのスイッチでもあったかのように氷槍が一本、煙の中からユーシス目掛け空を突き破る勢いで飛来。不意を突こうとしたのかもしれないが、真正面からのそれをユーシスは体を軽く横に傾けながら顔の横で難なく受け止めた。
だが彼の視線はほんの数秒、その氷槍へ。意識がエイラから逸れたその一瞬の隙に生み出されたそれは寸時にユーシスへと接近し飛び掛かった。その気配を感じ取ったユーシスが正面を見遣るとそこには、獰猛な牙を並べた口を大きく開いた氷獅子の姿。ユーシスは咄嗟に手に握っていた氷槍を顔前へと運ぶ。そのまま押し倒されたユーシスだったが、口に挟み込んだ氷槍のお陰で牙は既の所で何度も空を噛むだけ。
それからユーシスと氷獅子による逆綱引きの攻防は僅かに続いた。しかし最後は腹に潜り込ませた脚と氷槍を使い、ユーシスが氷獅子を頭上へと投げ飛ばした。
他人事のように頭上から聞こえてくる氷の破壊音。
だがユーシスにその音を聞き氷獅子の脅威が去ったと安堵する暇は無く直後、彼の姿は上空から振り下ろされた巨大な氷槌に隠れた。無残にも叩き潰されてしまった――と一見すればそうだったが。頭部分へは一瞬にして罅が広がり、氷槌は爆散するように崩壊した。バラバラと降り注ぐ氷片と少しばかり立ち込めた冷気。その中で既に立ち上がっていたユーシスは周囲へ警戒の網を広げる。
――不気味に笑う沈黙。
すると突然、ユーシスは半身だけを振り返らせた。彼の目の前を掠めるように突き刺す氷槍。
ユーシスはそれを握るエイラを一瞥し確認すると、空振りに終わった氷槍を両手で掴んだ。そして体勢を整えると力を籠め氷槍を振り、エイラを投飛ばした。彼女の体は宙を突き進みそのまま柱へと直撃。ボロボロと崩れ零れる破片を背後に地面へと屈みながら着地した。
「このままさっさと終わらせてくれれば楽なんだがな」
だがエイラは首を振るように立ち上がった。
「そういう訳にはいかねーか」
そう呟くとユーシスは走り出し、それから二人はより激しくより一歩も退かぬまるでノーガードで殴り合う格闘試合のような戦闘を繰り広げた。互いに一つ、また一つと傷は増えていくがその熾烈さは落ち着きを見せる事は無かった。
そしてそれはユーシスとエイラの間に大きな空白が生まれた時の事。
絶えず続いていた戦闘が止み、一度仕切り直しかと思われたが――エイラはユーシスの警戒の眼差しを受けながら両手を広げた。
すると彼女の体は両方の指先から段々と吹雪へと変化し始める。空気中へ溶け出すように吹雪と化していく彼女に比例し辺りは白みがかっていく。そして瞬く間に吹雪と化すと、ユーシスを中心に辺り一帯を包み込んだ。スポットライトを浴びるかのように彼の周辺だけは明るいが、それより外側は吹雪が吹き荒れ暗闇が広がっている。当然ながらエイラの姿はもうどこにもない。
ぽつり残されたユーシスは軽く辺りを見回すが、そこでは依然と不気味に闇の中で吹雪が吹き荒れるだけ。
「(どーなってやがる)」
沈黙と吹雪の轟音が交じり合う奇妙な状況は、茂みに潜む肉食獣がいつ襲い掛かるか分からないような緊張感を漂わせ、一瞬たりとも気が抜けなかった。
そんな中、背後から一閃。刹那の閃光がすぐ傍を通過したかと思うと、頬には赤傷が一本。浅い傷から一滴の鮮血が流れ出し、ユーシスの伸ばした指が触れるように拭った。直後、ユーシスは半身を振り返らせ、同時に顔先を先程と同じ閃光が通過。一拍程度の間を空け今度はその場を離れると、すれ違いそこへ三方向から同様の閃光が放たれた。
それを照らされた円形状の端から見つめていたユーシスはすぐさま次を警戒するが、闇に紛れていたエイラが背後へと現れ刀を振り下ろす。
飛散する鮮血。肌に沿い流れる鮮赤。エイラと向き合っていたユーシスは刀を左手で握り受け止めていた。掌に喰い込んだ刃を包み込むように溢れ腕を伝い肘から滴る血。
だがユーシスはその痛みを微塵も気にせず、エイラの脇腹へ一蹴。先程まで現れその身を守っていた氷塊は無く、何にも邪魔されずにエイラを闇へと蹴飛ばした。エイラの姿が闇中へ消えると、ユーシスは視線を落とし出血の止まらぬ掌を見遣る。
「(浅いか……)」
そんなユーシスの背後では地面から静かにエイラが姿を現し始めていた。頭から音も無く現れたエイラはあっという間に背後に立つ。
だがユーシスはエイラが動き出すより一歩先に振り返りそのまま蹴飛ばそうとする。しかし足がエイラに触れた瞬間、全身は氷へと変化し破砕した。その直後ユーシスは身を守る態勢を取った腕へ突撃してきたのは、鉄球のような氷玉。骨へ響く衝撃はあったがウェアウルフの丈夫な体の前では骨折とはいかなかった。とは言え確実なダメージを与えた氷玉が砕けるとユーシスは軽く腕を動かし支障がないかを確認する。思った通りに動き、あるのは残響のような鈍痛だけ。
それを確認出来したユーシスの前には、続々と新手の影が闇中から姿を現していた。人型ではあるが人ではない。それの外見は奇妙で、一言で言い表すら雪達磨。限りなくく人に近い雪達磨が各々手に武器を握り締めユーシスへ向け緩歩していた。
「次から次へと」
今にも舌打ちが聞こえてきそうな声で呟きながらもユーシスは目前まで迫り、斧を振り上げたそれを瞬く間に地面へと沈めた。
そして闇中からまた一体と姿を現し続けているそれを次々と倒し始める。
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