14

 隣のルミナと話しをしていたテラは思い出したように疑問を口にした。


「そう言えば、お母さんとはお別れを済ませたって言ってましたけど、それってどういう意味なんですか? 確か人間によってブゥアージュが攻められてお母さんは今の状態になったって」

「言葉通りです。――あれは人間に対し我々が劣勢を強いられていた時です」


 テラの疑問に対しルミナは話を始めた。


「初めは進軍を止め戦況は対等。ですが段々と傾き始め、いつしか我々は王城へと追い込まれていきました――


 ――ブゥアージュ。王城。

 広々とした部屋には豪華な家具とカーテンで外景を遮断した窓。景色は見えぬが外からは爆発音や叫声――争いの音が絶えず聞こえ、まだ幼いルミナは体を小さく震えさせエイラへ身を寄せた。


「大丈夫よ」


(女王としてではなく母として)エイラの声は包み込むように優しかった。

 するとノック音が部屋へと響き渡り、その後に開いたドアから中へ入ってきたゴレム。


「失礼いたします」

「戦況は?」

「はい。現在は何とか耐えています。ですがそれも時間の問題かと」


 ゴレムのその神妙な面持ちは如何に戦況が悪いかをより一層語っていた。


「そうですか」


 こうなる事は予測していた、エイラの声は言葉へそう付け加えるようだった。


「あのノワフィレイナ王国でさえ滅ぼしてしまったのです。今の彼らの力が我々をも凌ぐのも何ら不思議ではありません。――ですが、私はスノティーを率いる者として一族を絶やす訳にはいきません。それに母としてこの子を守ってあげたいのです」


 エイラは自分に抱き付くルミナの頭を愛撫し、ルミナは嬉々とした表情を浮かべた。


「ではやはり……」

「えぇ。そうする他ないでしょう」


 そう小さく返すとエイラはルミナから離れ立ち上がった。その表情は覚悟に満ちたものだったが、同時にそこへ混じっていたのは悲感。

 だがそれを隠すかのように笑みを浮かべたエイラは振り返りルミナを見下ろした。


「ルミナ。貴方はいずれ私の後を引き継がなければなりません。今のままでは厳しいでしょうが、いずれは。貴方がどうであれその時は必ず訪れます。そしてその時はやらねばなりません。どれだけ自信が無くとも、どれだけ実力が不足していようと。やらねばなりません。一族の前に立てば常に堂々と強くありなさい。貴方の足取りが覚束なければ、それは一族全体へと伝わってしまう。その道を歩むと決断を下せば迷うことなく突き進むのです。――いいですね?」

「……はい」


 ルミナは小首を傾げながらも小さく頷いて見せた。

 そしてエイラはゆっくりとしゃがむとルミナと目線を合わせた。


「いい? あなたはまだ女王として足りない事だらけ――」


 すると、外から鳴り響いた王城をも大きく揺らす爆発音がエイラの言葉を遮った。そして直後、部屋へ一人の兵士がノックも無しに駆け込む。


「エイラ様!」


 その只ならぬ声にエイラだけでなく他の二人も兵士の方へ顔をやった。


「奴らがもうすぐそこまで! これ以上は持ちません!」

「――分かりました」


 兵士とは反対に落ち着き払ったエイラは、顔を再度ルミナの方へ戻す。そして莞爾とした笑みで笑い笑いかけると、頬へ手を伸ばして撫で、額に優しい口づけをひとつ。

 エイラは最後までルミナを見つめながら手を離すと立ち上がり振り返った。


「ゴレム。後は頼みましたよ」

「はい。お任せください。この命に代えても必ず」

「――では行きましょう」

「お母さん……」


 ルミナは一人訳が分からぬまま部屋を出て行く母の後姿を見つめ小さく呟いた――


 ――それから私はゴレムに連れられ一族の生き残りと共に、秘密の通路を通りブゥアージュを脱したのです。そしてこの場所へとやって来ました」

「でもそれって……」

「はい。そうです。ちゃんとした別れとは言えませんね。母は、私と一部のスノティーを逃がす為にあの場所に残りました。一方、私は何も分からぬまま去りました」

「申し訳ありません。我らが力不足だったばかりに……」


 懺悔にも近い、強い後悔の念が籠った声のゴレムは無力感に打ちのめされたように顔を俯かせていた。


「貴方が謝る必要はありません。私も何も出来なかったのですから。――きっと母は不安だったと思います。こんな私に一族を任せるのが。恐らく母は分かっていたのでしょう。今の私にもまだまだ女王としての資格が足りない事を。ですからきっと母にとってこれは望まぬ継承になってしまったと思います。ですが一族を存続させるにはそれしかなった。まだ女王として認められぬ私へ一族を任せざるを得なかったのです。私としては、母には何の憂わしさも無く女王としての地位を終え平穏に暮らして欲しかった。ですが私の力不足の所為で、それが出来なかったのがずっと心残りなんです」


 ルミナはその不甲斐なさに堪えるように服をぎゅっと握り締めた。恐らくその顰めた顔には自らの力でエイラを止められなかった無力感も混じっているのだろう。


「今の私達に出来る事は、どうにかして母を解放して上げる事だけなんです。それが唯一、身を挺して一族を――私を守ってくれた母であるエイラ女王へ出来る恩返しだと思っています。本当は私の手でそうしてあげたかった。ですが今の私では母を越える事は出来ません。私には……何も出来ない」


 消えそうな声でそう言うとルミナは顔を俯かせそのまま血が溢れ出してしまいそうな程に強く、下唇を噛み締めた。


         * * * * *


 最後の雪達磨を地面へと叩きつけると、何の前触れもなく吹雪は晴れあの部屋とエイラが姿を現した。


「お前には時間は山ほどあるだろうが、俺は違う。それにこうしている間にもアイツらが現れテラを襲うかもしれない。だからもう終わらせる。多少、強引にでもな」


 スイッチが切り替わったかのように一瞬にして攻めに転じるユーシス。だがエイラは後れを取る事無く自身の周囲に氷剣を生み出すとユーシスへ向け次々と射出していった。一本目を躱せばその先へ既に新たな氷剣が狙いを定めている。そんな一本一本が正確な氷剣をビルの間を縫う風のように躱しながら止まる事無くエイラとの距離を縮めて行った。

 そして氷剣の雨が足止めにすらならなぬままユーシスはエイラへと接近。透かさず一撃を喰らわせるが、拳が触れた瞬間エイラは氷像と化しその体は容易く崩壊。足元にはつい先程までエイラだった氷片が小山を作りながら散らばっていた。

 するとその氷片は一瞬にして一体化し、かと思えば一本の尖鋭な氷柱が伸長。その先端は一直線にユーシスの顔を突き上げるように狙った。

 だが足元に落ちた氷片へ視線を下ろしていたお陰か、素早く反応したユーシスは身を反らしながら既の所で躱し、そのままバク転で退く。

 彼の両足が着地し双眸が前を向く頃、氷柱だったモノは再び形を変えるとエイラの姿へと戻った。一方、ユーシスはその姿を確認すると間髪入れずに攻めを続行。エイラへと向かって行った。

 それから更なる攻防戦が続くが、これまでとは違い主にユーシスが攻めエイラが身を守るといった構図が続く。心地好い高音と舞う氷片、微かな冷気が空気に乗る。勲章のように増える傷。迸る鮮血。ユーシスは一撃一撃、確実にこの戦いを終わらせる気で放つが己の気持ちと世界は別物、エイラへ傷を負わせることは出来ても目的を果たすことは出来なかった。初めは侵入者であるユーシスを殺そうとするエイラとの攻防だったが、今ではルミナとの約束を果たそうとするユーシスとの攻防へと変わっていた。

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