12
何事も無く王城の最上階まで上がってきたユーシスは、アーチ形の大扉を目の前にしていた。それはシンプルで芸術作品のような見事な扉だった。
「ここだな」
そう呟きながら大扉へ近づいていくと、手を触れるまでもなく独りでに扉は開き始めた。誘われるがまま部屋の中へと足を踏み入れて行くユーシス。
だが、彼の警戒とは裏腹にそこは無人で閑散としていた。天井が高く広めな円形の部屋は等間隔で柱が並ぶだけで壁は無く、バルコニーが周りを囲んでいる。壁が無いお陰と言うべきか所為と言うべきか、どこからでもブゥアージュを見渡せるようになっていた。
ユーシスはそんな部屋の中央まで辺りを見回しながら足を進めた。最後の足音が外へと抜けていくとその部屋に残ったのは風音すらしない静寂。その不気味なほど静まり返った中、ユーシスは中心に佇んだまま時折、左右を見遣るが依然と何も起きない。
この場所ではないのか。ユーシスの脳裏にそんな言葉が過るが、彼が振り返り部屋を出ようと思ったその時。強引に割り込んできた感覚がユーシスに何よりも優先させその場を離れさせた。
大扉の前まで一気に退いたユーシス。彼の双眸は着地してからもずっと自分が居た場所を見つめていた。
そんな彼の目に映っていたのは、床に突き刺さる数本の斜方形氷塊。一本でも刺されば致命傷以上の傷を負ってしまいそうな大きさだった。
するとその氷塊はユーシスの視線を受けながら突如として砕け散ってしまう。その光景に近視感を覚えたユーシスの脳裏に浮かんできたのは、この王城へ来るまでに立ち塞がった無数のスノティー。彼らを倒す度に眼前に散った氷片だった。
「お前がエイラか」
二人の間の氷片が消え、ユーシスの双眸には一人の女性が映っていた。
白い着物と艶やかな長髪が良く似合う――それでいてどす黒い雰囲気を身に纏い、その眼差しは愛する者の仇と言わんばかりに憎悪に呑み込まれた女性。肩でする呼吸は荒く直ぐにでも襲い掛かりそうで、鬼気迫るどころかむしろ鬼その者にさえ見える。
「なるほど。正気はないらしい」
その姿にユーシスはルミナの言葉を実感し理解した。眼前に立つエイラが近づく者をただ只管に殺しているという現状も。
「恨みどころか俺はお前を知らない。だが、悪いな。俺も時間が惜しい」
会話が出来る状態なのかは定かではなかったが、独り言になろうともユーシスはそう言葉を口にしてから――動き出した。
初めは相手を試すように真正面から。
しかし単調すぎる拳はエイラの元へ到達する前に、現れた掌大の氷塊に防がれてしまった。が、それは予想通りと言うようにユーシスはもう片方の拳で殴り掛かる。その拳はもう一つ氷塊に受け止められた。
そこから攻防の役割がハッキリとしたやり合いが多少続くが、突然ユーシスは大きく退きリセットするように大扉の前へ。そんなユーシスを追い地面からは(先程と形は同じ斜方形だがそれより大きな)氷塊が飛び出していった。波のように飛び出す氷塊だったが、大扉前のユーシスの元までは届かずその目の前で止まった。
数秒後。視界を覆うような氷塊は例の如く氷片と化したが、その先にエイラの姿は無かった。すぐさま辺りを見回すがどこにもいない。そうなれば残すは上空。
ユーシスは失った時間を取り返すかのように素早く上を見た。案の定、そこにはエイラの姿が。しかしユーシスの視線と同時に彼女が両手を開きながら振ると無数の小さな氷塊が機関銃のように発射された。また斜方形の氷塊かとユーシスも思っていたが、今回は違った。
入れ違いながらその場を離れたユーシスは間一髪その氷塊の雨を回避――出来たかと思いきや、多少地面に激突しただけで残りは急旋回。その氷塊は斜方形ではなく小鳥の形を成しており、地面スレスレを飛びながら依然とユーシスを追った。目を通じて標的であるユーシスを認識し追尾する。氷鳥は空中へ跳ぼうがどうしようがユーシスを追い続けた。それはさながらドックファイトをする二機の戦闘機。
「(これじゃ埒が明かねーな)」
すると無理矢理振り切る事が出来ないと悟ったユーシスは、進行方向を変え地面に下りてきていたエイラへと向かい始める。後方に氷鳥を引き連れたまま真っすぐと。
そして一気に接近したユーシスはその間も自分へと向かってくる氷鳥を無視しエイラへ攻撃を仕掛け始めた。だが最初同様に掌大の氷塊が全ての拳を阻むだけ。何度も響く微かな氷の砕ける音と壁を殴るような鈍い音。
ユーシスがエイラの前で逃げる足を止めてから彼へ氷鳥が追い付くのに時間はかからなかった。むしろその一瞬のうちによくあれだけ攻撃を仕掛けられたと思う程だ。
そしてついに氷鳥はユーシスのすぐ背後へ。
その時ユーシスは突然、攻撃の手を止めると上へ大きく跳んだ。エイラの視線を引き連れた彼は上空で体を捻り始める。
一方、エイラの視界外では氷鳥の群れが寸前で標的が消え勢いそのまま進行方向へ突き進んでいた。彼らの向かう先は、エイラ。その優れた追尾能力の対処を考えながら最初に見た一部が地面へとそのまま突っ込んだ場面を思い出したユーシスは、氷鳥をエイラへとぶつける作戦を思い付いたのだ。
だがしかし、エイラは氷鳥を微塵も気にしていなかった。それを説明するかのように氷鳥は彼女の体にぶつかる直前で氷片へ。ガラスの割れるような音を鳴らしながら氷鳥は次々と散っていき、あっという間に全てが消え去った。
ユーシスの中での筋書きは、自分の背後から突如現れた氷鳥へ一瞬でも気を取られている間に自身は上空から挟み込むように一蹴。というはずだったが、エイラの双眸は一瞬たりともユーシスから離れる事は無かった。故に体を捻らせ繰り出した蹴りもこれまで通り難なく防がれてしまう。唯一、違う点があるとすればそれは氷塊ではなく彼女の手が足首を掴み防いだという事。それに意味があるのか無いのか、それは定かではないがユーシスの体はバットでも振るように柱へと投げ飛ばされた。空中で体勢を立て直す暇すらなく背中に衝撃を喰らう。
立ち昇った煙に包み込まれ一時的に姿が見えなくなったユーシスだったが、煙が晴れると無傷同然の姿を見せた。
「思った以上に面倒だな。今になって受けたのを後悔してるが、どの道こうなってた。――仕方ねぇ。俺がお前を殺してやる」
ゴング代わりの言葉の後ユーシスは地を蹴り、エイラは周囲に数十本の氷剣を生み出した。連続で発射され降り注ぐ氷剣を躱しながらもユーシスの足は止まらずエイラとの距離を詰めて行く。
そして氷剣による攻撃など無かったかのように、あっという間にエイラを間合いに捉えたユーシス。だがエイラはそんなユーシスを最後に自身の手に握った氷剣で迎え撃つ。横へ一閃。
完璧なタイミングで振られた氷剣だったが、ユーシスの反射がそれを上回った。足を止めるとほぼ同時にその場にしゃがみ込むと、そのまま足払いを狙う。
一方でエイラは上空へ跳んだ。その所為で空を蹴った足。
空振りながらもユーシスはエイラの動きを目で追い立ち上がろうとしていた。しかしそれより先手を取り地面から大口を開け現れた氷鮫がユーシスを丸呑みしながら宙を舞った。そのまま空を昇る勢いで上へ上へと跳ぶ。でもやがてその勢いは無くなっていき、一瞬だが氷鮫は空中で停止した。
そしてそのまま地面へと戻っていくかと思われたが、氷鮫の体がアーチを描くように下へと向き始めた丁度その頃。突如、爆発するようにその姿は砕け散り、煌々とした氷片と微かな冷気の中ユーシスだけが地面へと着地した。
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