11
「あの、もしよかったら聞かせてくれませんか? お母さんの事」
ルミナの隣に座るテラは少しばかり遠慮がちな表情を浮かべながらも言葉を口にした。
「はい。構いませんよ」
だがそんな彼女に対しルミナは快く返事を返す。
「私の母は……。そうですね。厳しい人でした――いえ、母としては優しく、女王としては厳しい人でした。母はスノティーの原種として血を受け継ぎ、そして祖母である先代から女王という立場を引き継ぎました。常に一族の事を考え、全ての者に対し分け隔てなく接する。そんな母は皆にも親しまれ慕われていました。傲慢とは程遠く、女王で居る時は常日頃から第三者の目を意識し気品を忘れない人です」
「素敵な人なんですね」
「はい。ノワフィレイナ王国は吸血鬼一族が中心となってはいますが、それぞれの一族はある程度は独立しています。簡単に説明するとすれば国が集まり一つの国を成していると言ったところでしょうか。ですのでそれぞれの一族の長が代表して集まり決定ごとが行われていくのです。その際にお会いする方々からも母は信頼が厚かったと聞きます。エイラ女王はそういう風に多くの者から信頼され好かれるような存在だったのです」
話しながら笑みを浮かべていたルミナは言葉を区切ると少し間を空けてから再び話し始めた。
「もちろん、女王である事を忘れ一人の母親として私と接する事が無かった訳ではありません。エイラ女王としての彼女と母としての彼女。私にはその両面を、まるでコインの裏表のように切り替えながら接してくれていました。母としては、とにかく優しく温かだったのを今でも忘れません。
その日々を脳裏で思い出しているのだろう。ルミナの表情はとても穏やかで懐古の情に溢れていた。
「私に向けるその表情一つ一つ、その微笑みは他の者達へ向ける笑みと似ているようでどこか違っていて――恐らくそれは私の勘違いかもしれませんが、でもそれが嬉しかったんです。少しだけ特別な気がして。――いえ、きっとあれは女王としてではなく母として接してくれてるという実感を、そこに感じたからなんでしょう。自分の母親を独占したいというまだ幼い私の我が儘が満たされていたからなんだと思います。一日の中で女王として振る舞っている時間が長い日も少なくなかったですから。ですがそれは私とて同じ事」
するとルミナの表情は最初に現れた時のような凛としたものへと変わった。
「母がスノティーの女王であると同時に、私もスノティーの王女であり原種の血を受け継ぐ者。いずれは母の後を継ぎ、女王として一族を率いて行かなければなりません。当然ながらその為の準備が私には必要不可欠でした。故に王女として――次期女王として母や王城の者から毎日のように教育を受けていたのです。その時は母と子ではなく、女王と王女。違いは無いように思うかもしれませんが、私と母には明確にありました。私も母を真似てその二つを切り替えていたので。次期女王を育てようとする時の母は――私にエイラ女王として接する母はとても厳しい人でした。私が幼くとも妥協は無く、切り捨てるような意見でも躊躇なく口にしていました。中でも一番覚えている事があります。私はよくこう尋ねていました。私も女王様のような立派な女王になれるか、と。それに対しての答えはいつも同じ。今の貴方ではいつまで経ってもなれないでしょう。恐らく私がその質問を母と子の時にしていたら、もっと柔らかな返事をしてくれたと思います。いずれなれる、もう少し大人になれば、と言う風に。ですがこの質問は決まって王女と女王の時にしてました。私にはその状態での答えに意味があったからです」
彼女はそう言うと静かに目を閉じた。少しの間、何も言わず黙り込みテラはただその横顔を見つめ言葉を待つ。
「私は物心が付いた時からその背中を見てきました。誰よりも近くで、誰よりも敬慕し、誰よりも憧憬し。その背中を見てきました。上品で勇ましいその背中を、私は気が付けばもう追っていたのです」
その時ルミナの瞼裏に映っていたのは、きっと母親ではなくエイラ女王だったのだろう。
「ですがその背中はそう簡単に追いつけるものではありません。いつまで経っても遠く、私から逃げるように追いつけない。だからだと思います。まだ幼かった私が嫌がらず、むしろ自ら遊ぶ時間を削ってまで勉強し自分に足りないモノを少しでも身に付けようとしたのは。少しでもエイラ女王としての母に追いつきたい。その一心でした。恐らく母はそれが嬉しかったんだと思います。だから女王である時は常に厳しく、逆に母である時はそれが嘘のように優しくあったのでしょう。私は特段、負けず嫌いという訳ではありません。ですが母が厳しくあればある程、より懸命に、少しでも認められようと必死になりました」
ゆっくりと瞼は上がり目を開いたルミナだったが、その双眸は未だ背中を見つめていた。
「――そう。私は認められたかったんです。いつでもその後を引き継げると……。もう大丈夫だと、いつでも任せられると――そう言って欲しかったんです。そう言って貰えるよう、認めてもらえるよう必死でした。いずれは――。常にそう思っていましたが、結局は遠くのままでした。しかし、不思議なものでエイラ女王はとても遠く離れていましたが、母として接してくれている時は近くにいたのです。直ぐ傍で私を包み込んでくれているのを感じていました。まるで別人のように」
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