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「どうやらそう簡単にもいかないらしい」
フードを脱ぎながら面倒だと溜息交じりで呟く。
そんなユーシスの隙を突くように一人のスノティーが戦斧を振り上げ襲い掛かった。だがユーシスはそれを目にしても尚焦ることなく、まるで全て計算済みだと言うような際どいタイミングで脱ぎ終えたフードから手を離した。手はフードから柄部分へ静かに伸びてゆく。柄に触れると壁の如くその進行を瞬時に止め斧刃は顔先で止まった。そしてそのまま戦斧を強引に横へとズラし、その間にもう片方の手で拳を握った。
「だが少しぐらいならいいだろ。悪いな」
ユーシスの拳は無防備に晒されたスノティーの腹部へと一直線で飛んでいった。拳は内臓を直接殴るような勢いで肉へ減り込んだ――かと思われたが、硬い感触が拳から伝わるとスノティーの体へ一瞬にして広がる罅。それに気が付く頃には、スノティーの体は氷像が砕けるように粉々に散ってしまった。同時に微かな冷気がユーシスの顔を撫でる。
「氷?」
夜空で輝く星の様に空中で砕け散ったスノティー。ユーシスは現状を理解するのに数秒を要した。だが他のスノティーがそれを待つはずも無く、次々と武器を振り上げ襲い掛かった。
「(コイツら本物じゃないのか?)」
脳裏に過る疑問。それに答えるように攻撃を躱した次のスノティーへ拳を振るうと同じように氷の破片を空中へ散らばせた。
次も、また次も。
「それなら話は簡単だ」
口角を上げたユーシスは遠慮と言う言葉を投げ捨てると残りのスノティーへ意識を集中させた。
「さっさと片付けて行くか」
ユーシスの双眸に映るのは中央に位置する王城。
そんな彼へ襲い掛かるスノティー。だが強烈な足の一撃があっという間に氷片へと変えた。
* * * * *
それはブゥアージュにてユーシスが戦闘を始めた頃。部屋にいたテラは隣に座るルミナからこんな事を言われていた。
「テラさんは純血の人間なんですよね?」
「そうだと思います」
「そうだと?」
「私、両親を知らないので。祖父母もその両親も。なので、そうだと思います。でも育ててくれた人もそう言ってたし、私もそうだと思うので」
「それは……知らなかったもので。申し訳ありません」
ルミナは少し沈んだ表情を浮かべた。
「そんな。気にしないで下さい。それよりどうかしたんですか?」
「いえ、そこまで何かあると言う訳じゃないのですが。ただテラさんは少し感覚が違ったので」
「と言うと?」
「私達はスノティーと他の種族を見分けることが出来ます。言葉にはし難いですが、感覚的なモノで相手がどの種族かも分かるのです。種族にはそれぞれ特徴があって――それも説明は出来ませんが、それで分かるのです。ですがテラさんは少し人間のそれとは違ったように思えました。なのでもしかしたらと思ったのですが、ただ単に長らく人間を前にしていなかった事で感覚を少しばかり忘れてしまっていただけのようですね」
さっきとは変わり微笑むルミナ。
* * * * *
頭を鷲掴みにした手はそれをそのまま力の限り地面へと叩きつけた。頭と地面が接触した瞬間、花が咲くように広がる煌々とした氷片。
だがユーシスの周りには未だ多くの人影があった。
そんなスノティーを避ける為、ユーシスは地面を一蹴し屋根上へ。
「次から次へと」
どこから湧き出ているのかスノティーは減るどころかむしろ増え続けていた。そんな状況に倒し切る事を諦めたユーシスは王城を見遣る。しかしその間に立ち塞がるように既に五体のスノティーがそこには立っていた。
「邪魔な奴だけやるか」
そう呟き動き出したユーシス。それは相手も同じで近づき合う五体と一人はあっという間にぶつかった。
誰よりも素早く繰り出され一体を沈めたユーシスの痛撃。それに続くように残った四体の武器はユーシスへと襲い掛かる。だが隙間を縫うように躱しては防ぐと更にもう一体、握られた拳が氷片へと変えた。
残り三体。そこまで来てしまえば人数の差など無いも同然。ユーシスは瞬く間に宙へと散らせた。
「行くか」
一度、王城を見上げユーシスは先へと走り出す。
だがその快調な足取りは長くは続かなかった。下から上がってきたのか将又その場に生み出されたのか、ユーシスが気が付いた時には既にそれは真横まで迫り刃を走らせていた。地面を蹴りやや斜めになりながらも無理矢理に体を横へと移動させ何とか鋭利な刃を躱したユーシス。しかしその体は屋根上から下の道へと落ちてしまった。為す術はなくそのまま素直に着地した彼を待っていたのは、数えるのも億劫になる程のスノティー。
ユーシスは一度、王城へ目をやりその距離を確認するがまだ先は長い。
そんな彼の背後では既に戦闘を開始していたスノティーが近づき、そして飛び掛かった。依然と背を向けていたユーシスだったが、すぐ背後まで迫ると振り向きざまに上げた足がスノティーを返り討ちにした。ほんの一瞬の出来事。気が付けばユーシスが振り返りその足がスノティーへと伸びていた。そして体は砕け散り、その煌めきを駆け抜けたユーシスは後続を次々と倒し始める。誰よりも速く先頭の頭を片手で鷲掴みにすると地面へと叩きつけるが、視線は次へ向けられ既にもう片方の手は動き出していた。
群がるように襲い掛かるスノティー。それをまるで台本と度重なる練習を終えたかのように完璧な身のこなしで躱しては捌いていくユーシスは掠り傷一つ負っていない。どれだけ囲まれようが、四方八方から攻撃をされようが、誰一人として一撃を喰らわせることすら出来ていない。だが、それとは裏腹にユーシスは着実に一体また一体と氷片を散らせた。
その状況は、一見すれば圧倒的なユーシスの優勢。しかし実際は減ったところでまた増えるだけの均衡状態が続いているだけだった。むしろ長引けば長引く程、消耗していくユーシスの方が先を見れば不利。このままだと時間と体力が削られていくだけ。
それを彼自身、肌で実感していた。余裕はまだまだある。しかし、敵の数が減っている実感はない。
「(このままやってても埒が明かないな)」
ユーシスは戦いの最中、針の穴のような隙を見つけるとそれを見逃さず、戦闘の渦中心から抜け出しスノティーを引き連れながら王城へと走り出した。そんなユーシスを後方に加え左右、屋根上からの人数による猛攻が襲い掛かる。
横へ並び急転換してきた敵の攻撃を跳んで躱すとそのまま体を捻り足を叩きつける。左右の屋根上から二体同時に突っ込んできた敵を直前で足を止め躱すと、片方の後頭部へ手を伸ばしもう一体へ打ち付けながらそのまま壁まで投げ飛ばした。その際に追いつてきた三体を流れるように倒すと再び走り出す。
ユーシスは何度か足が止まりながらも必要な分だけの相手を倒し、前へと進んで行った。
そしてついに王城まで辿り着くとユーシスは飛び込むように中へ。だが先程まで追ってきていたスノティーは王城へ入って来るどころか、彼が中へ入り後方を確認すると一体として残ってはいなかった。まるでユーシスが幻覚を見ていたかと言うようにその道は無人で城内を含め森閑としている。
するとその沈黙の中、突然、王城の扉が独りでに動き出すと退路を断つように閉じた。
「歓迎はされてるらしい」
そう呟くと全てが一気に静まり返ったその中へ足音を響かせながらユーシスは上へと上がり始めた。
* * * * *
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