第十一話 大自然の守護者

 囲炉裏を囲み鎮座する三人。案内されたのはただただ広い廊下を進んんだ先、全面が障子で囲まれたおよそ十畳ほどの和室だった。目立つ家具などなく強いて天井際に張られた歴代の当主らしき自画像と丁寧に紫色の風呂敷に包まれた箱が並んでいるくらいであった。




 「ちゃんと挨拶をしていなかったかな」




囲炉裏の灰から立ち上る煙を挟み村長の顔を伺う。




 「エルフの里へよく参った。村長且つ当主をやっているクゥガだ、ルシャナの父でありお前さんの祖父じゃよ」




 エルフの里へ向かう途中、船で母からざっとではあるが話は聞いていた。エルフであると聞いたときはそれはびっくりしたが、でも一緒に生活をしている中エルフなのではないかと思うことは多々あった。


 エルフの特徴として一番印象的なのは髪色である、色素が抜けて奇麗な金髪、他の種族でも金色の髪を持ったものを見ることはあるためこれだけでの断定は難しいがそれに合わせてシャープに伸びた耳と深淵を覗くような深い緑色の瞳、その細さには似つかわしい脚力。何よりも母も私も三属性もの開花をしていること。これだけそろえばエルフであるといっておかしくない。


 なぜ今まで隠していたのか、なぜ私の髪だけが赤いのか、なぜ風の属性が開花してから里へと向かうのかと様々な疑問の中淡々と母の話を聞いていた。そのため、ざっとではあるが話の内容についていけている。




 「ただ、そなたの赤い髪について残されている文書は見つからなかった」




 祖父は数年前から私について調べてくれていたみたいだった。母とは違い人間属の耳に類似しているのは父方の血を継いだため、属性開花は次なるエルフの里長の兆し、それ以外にも細かいところまで説明をしてもらった。ただ赤髪だけ理由が見つからなかった、唯一関係があるというのならば火属性との互換とでもいえるのだろうか。




 「まぁ堅苦しい話はここまでにして、明日に備えてもう寝るのが良いじゃろ、ベリアルも疲れただろ、奥の一部屋を掃除しておいた好きに使うがよい」




 確かに長旅で疲れはたまっていたものの、自分についてベリアルはもっと知りたいと思ったのは当然か、しかし明日行われる祀りとやらのために休息を取っておくのが最善であるとルシャナに言われベリアルも奥の部屋へと向かっていった。




 「あれは将来、わしをも超えそうじゃの」




 二人が去った部屋、囲炉裏に残った小さな火種を埋め長は一言つぶやいて寝室へと向かった。






 祀りがようやく終盤へと向かう頃先ほどから姿が見えなくなった母が中央舞台に現れた、先ほどまでベリアルが立っていた舞台である、先ほどまで酒を飲み盛り上がっていた村民らがそちらに視線を向け片膝を地面へと付けだした。


 後ろからもう一人舞台へと上がるのはクゥガ・フォーリエンスであった。母が小さく口を開けると同時、小さな声が風に乗って耳に届く。




 「本日は我が娘ベリアルのため、皆に苦労を掛けさせた。私からも感謝させていただく」




 母が頭を下げると同時村民らはさらに深く頭を下げ返す。




 「そして」




 そういい一歩横にずれた母の後ろからクゥガが前へと踏み込む。




 「わしは今日を持って村長の役目を終える、明日からはルシャナ・フォーリエンスにこの町の長を任すことにした」




 「そういうことだ、ベリアル前へ来なさい」




 ふいに呼ばれ、立ち上がる私は後ろから吹き付ける風に任せ身の力を緩めた。


 舞台に付く寸前に気づく、母の瞳から涙が流れていることを。そこですべてを理解した。




 「今日が別れなの、か」




 「そうだベリアル、お前はもう一人立ちする年だ、いい夫を見つけ、次はベリが」




 涙をこらえながら力ずよく踏ん張る母につられるよう涙が溢れそうになる。




 「迎えに来てくれるよな」




 「はい、お母さま。」




 この祀りは私が風の属性が開花したことによるものではなかった、現村長から、次期村長への世代交代を祀るためのものだったと、そして私はこれから今までの生活とは全く別の道を歩まなければいけないというもの。


 ずっと横にいた母から離れ、一人でこの世界を渡らなければいけない。




 「では、”大森林の守護者”ルシャナ・フォーリエンス、そなたにこれを授けよう」




 クゥガは自分の胸に手を当てると、淡い緑のヒカリを握りルシャナの胸元へ手を運んだ。




 「そなたにこの森を任せた」




 少しずつルシャナの中に入り込む緑色の光はどこか自然のすべての理であるかのように感じた。






 それから時間が経つのはあっという間だった。スイロン帝国へ戻ったベリアルは早速と言うべきか冒険者協会へ足を運びいくつものモンスター討伐へ貢献をしてきた。その中でもすさまじい功績を残したのが”サラハザ帝国のパンデミック”であった。文書に起こされているのはサラハザ帝国の話がほとんどだが、それ以外にも世界的に重要になるはずだった出来事がいくつもある、数え切れなかった人々を救い、冒険者協会に加入してからプライベートタイムは僅かに取る程度だった。ひと段落が付き自分の趣味の魔術へと手をかけ始めた矢先、担当することになったスイロン魔術学校魔術測定の場で彼と会うことになった。


 母と別れて役十四年長いようであっという間に時間が過ぎていった、自分にとって何かプラスになることなんて考えていなかった、ただ一人という寂しさを補うために過ごしてきた。でも十四年越しに再び自分を思い出す。






 扉の先にいた三人をソファーへ座るよう促しながら、目が合った赤髪の少女に疑心感を覚えた、それはその少女から人とは全く別オーラを感じ取ったから、オーラというのはあくまでもベリアルが感じ取ったものに過ぎない、しかし数多くの現場を渡り歩いてきた今だから分かる、一次元ほど時空が歪んでいると。どこかで一度感じたことがある。それはベリアルにとって十四年前の話になるが。




 「ところでそちらの少女は」




 「親戚の子を預かってて」




 少女とウィル・スレイムが顔を見合わせながらそう返事を返す、事情があるのだろうと、そこでその話はおしまい。




 「早速だが本題に入ろうか」




 一度うなずき契約に関して話を振る、焦りすぎもよくないというが事情が事情である、ベリアルにとって彼の研究ができるということがその”事情”とやらに大きく関わってくる。




 「そうですね、こちらを見ていただければ」




 三日前に渡した羊皮紙をこちらに差し出してきた、契約内容や契約書を羊皮紙に挟み彼に渡した。すなわち彼の答えは羊皮紙の中にあると。生唾を飲み込み羊皮紙に手をかける。




 「待つのじゃ」




 ベリアルが羊皮紙に手をかけた時、初めて赤髪の少女が口を開いた。ベリアルが彼女に抱いた第一印象は無口で内気な者、そう思っていたからこそ拍子を付かれた。


 半開きになった口を閉じ少女がまた口を開くのを待つ。




 「・・・」




 横で黙り込んむウィル。




 「・・・」




 ウィルを見つめるジェイス。


 時間が止まったかのように感じること数秒、再び少女の口元の風が揺らめく。




 「我はその中身の内容を知っておる、故に我の本当のことを話す」




 すぐ横でため息をつくウィルは何を思ったのか、静かに顔を横に振っていた。




 「我の名はイフリート、炎のヒカリを司る大四属性の統括者だ。貴様にとってウィルはなんだ?我はそれを聞く権利がある、その答えによっては契約がなくなるかもしれないがな」




 最後に広角を少し上げた少女、イフリートに寒気が一瞬走った。実際には少女の姿に変え威圧を微量に抑えているため威圧によって凄惨したわけではない。


 ベリアルだからこそ感じられたのかもしれない、ウィルとにた深淵とやらを見たのだろう。




 「ヒカリ、なるほど納得いたしました」




 最初に抱いた疑心感が晴れた、では何が残ったか、服従という名のイフリートの存在だけだった。再び口を開けるまでに時間を要する、気が付けばイフリートよりいくらか低い姿勢へと態勢を変えていた。




 「私はエルフの里時期当主となりうるフォーリエンス家、フォーリエンス・ベリアルと申します。ウィル君には魔術測定の際初めてお会いしその際nullという不思議な言語と共に彼がその言語が読めることを知りました」




 「良い経緯は今まですべてを見てきた」




 「はい。私は魔術研究の第一人者としてウィル・スレイムの力を借り、近々訪れる”パンデミック”への対抗策を考えたいと思っております」




 「ほぉ貴様もそこまで推測出来ていたのか」




 パンデミック、数年前に訪れたという”それ”が近々起きると。当然ウィルもジェイスも今そのことを知ったのだろう、多少の驚きの違いはあるが互いに目を見合わせ、抑えきれない声がほんのわずかに漏れていた。


 落ち着きを取り戻すのにウィルのほうが早かったのは前もって”それ”という単語を聞いていたからなのか。


 そんな彼らをおいてイフリートとベリアルの会話は進んでいく。




 「私情ではないのだな」




 「はい決してそんな気持ちは抱いておりません」




 「なら良い、契約は成立じゃ」




 突如ベリアルの前に現れた紙がポンっと音をたて、残らない灰になって消えていった。




 「契約、魔術」




 正確には魔法であるのだが口を挟まず体を縮こませるイフリートはウィルの裾をつかみ、再び黙り込んでしまった。


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