第十話 ベリアル・フォーリエンス後編

 我が家は代々三属性以上の魔術が開花する家系だった。母親は炎と風と水、祖母は風と水と光。それ以上は聞かされていないが今まで開花してきた属性には共通点が存在した。三つ以上開花するのは女性のみで開花する属性はみな風でウィンデュと示されていた。


 母親にこの話をしてもらったのは私がスイロン帝国魔術師部隊に加入した後だった。属性検査をしたのもそれとほぼ同時期、二属性がその時点で開花していた、二属性だけでもかなり待遇が変わってくるそれでも風属性には一切の疑問を覚えることはなかった。家に帰り母親に報告をするやすぐさま何故だか母親は旅支度をし始めていた。


 もう一つ疑問だったことがある。母親の髪は透き通るほど美しい金色なのだが、生まれた私は真っ赤な赤髪だった。父親は黒で今まで赤髪の者は生まれたことがないと言っていた。母親のほうも同じで、私だけが赤かった。


 その謎が解けたのは旅に出てから三日が立ったある日のことだった。


 家を出て西へ馬車で二日、サハラザという帝国を抜け東へと昇って半日。そうして見えてくるのは広大な海原、船を出してからまた半日ほどたった、何もない海を眺めるのもかなり退屈になってきた時だった。ふいに視界を覆う濃い霧、それは近づくなと警告をしているように冷たく、重みを感じるものだった。


 母親が船の先端、海に落ちるほどギリギリまで進みこんなことを言っていたのを覚えている。




 「我が子もウィンデュを授かりました」




 ウィンデュ?当然その時は疑問に思った、私が行った魔術測定はレプリカ物で属性までしか分かっていなかったのだから、ウィンデュと断定してはいけないのではないかと。それもウィンデュは母親が持つ風属性であって私のではないのではないかと。


 母親の声は程なくして海原へと溶けていく。




 「霧が」




 不思議と自然が母親の声を聞いていたかのように、濃く重かった霧はうっすらと消え去っていった。




 「ここは、」




 霧が晴れ見えてきたのは一つの島だった。


 中心に堂々と居座る雲を突き抜けるほど天高く伸びた巨木が一本、巨木の足元には生き生きとせを伸ばす木々の森、先が見えない程密集して生い茂っている。遠くから見るだけでは人気は一切なく無人島の一種であるように思える。


 間違いなくこの船は無人の島へと向かって航行している。果たしてその意味とは。




 数分を待たずして船は孤島の砂浜に打ちあがる。母親も船を操縦していたものも乗船していた者は躊躇なくその地に足を付けていた。


 不思議と懐かしい香りが森の奥から漂ってくる、危険ではないにおい、誘い込むかのように風は森の中に流れている。風は森の奥に進んでいるのに匂いはこちらに向かってきているとは実に不思議であった。




 「ベリ、私の近くを離れないでね」




 森への一歩を踏み出した母親が怪訝そうな顔をしながら言う。


 進む道ひたすらに木、足元には少々歩くには苦労する高さの雑草。数分に一度見せる中心に生える巨木に少しずつだが近づいている気がする。


 それでも少しずつである、歩き出してから約30分まっすぐ巨木に向かい歩いていればそろそろ到着しているのではないか。




 「ベリここはね、正しい道を進まないと森の神隠しにあってしまうといわれているのよ」




 森の神隠し。それは単なる迷子とは違う。この森は生きている。もちろん木々一本一本が生きているのは当たり前だ、ただ森が生きるという表現通りこの森は一つの意思を持っているのだ。正しいルートで通らないと森がその者を文字通り”飲み込んでしまう”存在自体消えてしまうこともある。


 それほどのものだ、この先には実に素晴らしいものが待っているのだろうと思うベリアル。


 それからまた30分ほど進んでベリアルの考えが間違いでなかったことが分かる。




 直接太陽の光を浴びるのは1時間ぶり、おでこに日よけとして手を当てながら草を掻き分け母親の後ろを付いて森を抜ける。


 森を抜けた先、正面にずっしりと構える一本の巨木を中心に栄える賑やかな町、動き回る住人のそのすべてがエルフといわれる種族であった。さらさらとなびく金色の髪に尖った耳が飛び出ている、男性女性問わず美貌でスレンダーな体系からしてみな運動能力にはたけているように見て取れた。


 感動したのはそれだけではない、家一軒一軒が我々が住む家とは異なっていた。少なくとも人種では成形した木や石を積み上げてできる家が一般的だがエルフの家は木の幹自体が家になっていた、生えている木は普段見る太さよりも数倍に太く、その中身を奇麗にくりぬいた様に空間が開けていている。ところどころに家を繋ぐつり橋がかかっていて橋を渡るエルフはやはり森で生きるものだと一目見て分かった。




 「す、すごい」




 何故母親はこんな場所まで私を連れてきたのか、またなぜここへの行き方を知っているのか。


 数分を待たずして私たちの前に駆けてくるエルフが一人、背中には弓、腰にはショートナイフを持っているので狩りをしているものだろう男性、彼は私たちの前に付くと右膝を地面に付け右手を顔の前で折り下を向いた。




 「ルシャナ様再びお目にかかり光栄である限りでございます。」




 「ウィリー娘の前だからそうかしこまらないで、顔を上げなさい」




 「はっ」




 短い返事と共に顔を上げるウィリー、よく見ると右目の上には横一線に傷跡が残っており怖い印象があるが彼からは一切の恐怖を覚えなかった。目や口が穏やかな彼を作っていた。




 「ルシャナ様ご足労お掛けしたばかりで申し訳ないのですが」




 「あぁ爺さんのところだろ、すぐ向かうよ」




 要件を伝え終わった男性はさすがエルフか、飛ぶように跳ねてあっという間に見えなくなってしまった。




 「さぁベリ行くわよ」






 それから向かった先は中心に立つ巨木の直ぐわきに立つ一軒の家だった、周りの家とは逆に普段私が見ている家で基本は木材を使用し、屋根には奇麗に重ねられる瓦。大きな屋敷というのがぴったりなほど風情があった。


 見るからにこのエルフの村で一番偉い人が住んでいるだろうが護衛役や門番、メイドどころか物音一つしていない。




 「母上、ここは一体どこなの」




 「お前のじいちゃんが住んでいるんだよ、すぐ気づいて出てくるさ」




 そう母親が告げて一拍もしないうちに、屋敷の中からものすごい音と共にこちらに向かってくるすごい気を感じた、気配だけで今までにあったことがないほど強いことが分かる、スイロン帝国にそれほど強い魔物が出ないので必然的に強大な力を持つ冒険者は他の国へと移動してしまう。それでも時々高ランクの冒険者が来ることもあった、でもその誰よりも圧倒的なまでの力の差があることがこの気だけでわかる。




 「来たかっ」




 がららと建付けの悪い玄関を開けるおじいさんが一人。間違いなく彼が気配の本人。なのだがベリアルはへっと拍子抜けした声を上げる、玄関を開けたおじいさんはなんともポップだった。頭髪は白色なのだがまだまだ年を感じさせない毛量に、少ししわがよった肌がかわいく思える、寝間着なのかこの家には似つかないピンクの柄物でよれよれになった裾をまくり、眩しいほどにこちらをキラキラと見つめていた。




 「おぉ愛しのルシャナ」




 時間にしては一瞬、脳内でおじいさんの姿観察したその一瞬。先ほどまで玄関の中にいたおじいさんはベリアルの直ぐ右斜め前で母親の手にほっぺを擦り付けていた。


 目にで終えなかった、ではない音すら、空気すら、時空すらも遅れを取っていた。こんなことがあっていいのか、この人はこの世界で一番強いのでは。


 頬をこすりながら一瞬こちらに視線を向けるおじいさんに差筋が凍り付く。




 「して、そこの半端も」




 おじいさんが何かを言いかけた瞬間、母親が左手を右側に向かって払ったのが見えた。母親の指先を目で追うと四、五本なぎ倒された木の奥に砂塵に舞いながら仁王立ちするおじいさんの姿が見えた。


 今の出来事もほんの一瞬んで起きたものだった、実際には時空など遅れることはないのだがベリアルの目には確かに時空が遅れている様に感じ取れる一連だった。




 「なに、冗談じゃないか、ベリアルといったか」




 気づけば目の前にいるおじいさんにもう驚きはしない、黙ってうなずくベリアルにおじいさんはふっと笑うと笑顔を浮かべた。




 「ようこそフォーリエンス家へ、わしの名前はクゥガ・フォーリエンス、今はこの村の村長をやっておる」






 お屋敷の中に案内され話していくうちに今まで知りもしなかった私の本来を知ることになる。


 フォーリエンス家、代々エルフの長としてエルフを引き連れてきた一家。様々な種族間で戦争が次々に起こっていた時代に一員の命を引き受けたのがフォーリエンス家第三当主、デュレイン・ヴェイド・フォーリエンスという男性だった。彼がリーダーに名乗り出るまで少なくはない犠牲を払ってきたエルフ族だったのだが、彼はその死の地獄から抜け出す救世主となった。


 減っていく一方だったエルフ族だったが彼が第一に行ったことは逃げる。戦うではなかった。最初のうちは反対をしていた住民だったがデュレインに従い数か月が経ち、逃げるは恥ではないことを知ったそうだった。昔の私にとっては退屈な話に過ぎなかった、気が付けばルシャナの膝の上で寝てしまっていた。




 翌日、目が覚めてからは大忙しであった、何があったかと簡潔にまとめると私はエルフたちに祀られた。


 深い意味はないエルフ族を救った家系の娘、ただそれだけで、だ。






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