第九話 ベリアル・フォーリエンス前編

 契約、人間界において、人と人とが制約を組みお互いに条件を飲むことによって成立する。王族から平民までどのレベルの人でも契約を組むことはある。もとは闇属性を通し制約を守らなかった場合、という魔法を組んでいたのだが、いつからか誰でも使えるよう、交換条件によっては破棄をしても罰せられることがない、という契約が主流となった。


 それはあくまでも人間界であっての話。


 この世界の摂理は昔から変わることは一切ない。


 元より契約とは一方からしか条件を出すことは出来ない。つまりは契約を受けた側は一方的に条件が課せられるだけであった。


 それが何を意味するのか、上下関係を付けるため、というのも間違いではない。


 しかしながら、上の者が下の者に条件を出すのではなく。下の者が上の者に条件を出す。それが基本だった。


 この世界に人間種が生まれる前、様々な種族間での問題が頻繁に起きていた時代の話、とある衰退しきった種族が別種族との契約を交わしたことがあった。条件は至って簡単「私たちを使え」それだけだった。衰退しきった種族は自分たちの利益は生き残ること、それ以外はすべてを捨てての契約だった。その結果契約を交わした二種族は一つの帝国を作れるほどに膨大になり攻撃を仕掛けられることは殆どないほどにまで至った。


 それが上の者が下の者に契約をかける、ではなく下の者が上の者に契約をかけるが主流になった経緯だった。


 一方から契約をかける分持ちかけた側が契約を放棄、破棄などしようものならば残酷なまでに闇の魔法に飲み込まれてしまう。そのため契約を持ち掛けられた側は何の心配もなく配下に置くことや懐に入られることを心配をしなくてよいということだった。




 今回も同様、炎のヒカリを統括するイフリート、いやヒカリと人間で区別した時点で順列はヒカリが上であるのは当然の常識。


 ウィルがイフリートに契約を持ち掛けた。というよりはイフリートがウィルに契約を促したというべきか。


 今回の契約内容は存在しない。「契約」という形だけを契約したことになる。それはどういった意味になるか


 ウィルが契約を一方的に放棄した場合。これはただイフリートとの契約を破棄するだけの話ではないイフリートによる追加条件などを放棄や却下した場合にも罰せられる。逆にイフリート側はウィルからの追加契約や命令を無視しても構わない。




 それをウィルが理解しているかは分からない、少なくともイフリートはこのことを知らないと考えて契約を促したことだったのだろう。






 目が覚める。夢を見た気もするが、どんな夢だったのか。すべてがあのイフリートとの会話で上書きされてしまっている。人間寝ている間に脳の処理を行うといわれているが、その寝ているときの記憶が残っていていいのかと疑問に思うが、体と脳はしっかりと休まっていることを感じられる。


 はっきり言って契約をしたからどうとかは分からない、実際にイフリートを見たのは夢の中であってこのオーバー世界ではない、本当に契約をしたのだろうか。


 布団を足元のほうへめくり体を起こす。




 「おはよう、ウィル・スレイム」




 耳をなめるような声が左側から聞こえ、鳥肌を立てながらも恐る恐る左に顔を向ける。




 「い、イフ、リート?」




 何故疑問形だったのか、それはウィルのベットに座る女性は、美少女であったためだった。


 相変わらずの赤い長い髪は変わらずのまま、身長は大体ウィルの3/5程度120cm程であるか、着物に似つかわしかったあのたわわも、見違えるほど凹み、みずみずしさ極まりない肌。そして顔は小学生低学年だった妹を思い出す幼さ。全体的にふっくらした顔がまた愛らしく見える。




 「いかにも、私がイフリートだ、それとイフと呼べと言ったはずだが」




 「イフリ、イフなんでそんな体に、なってんだ?」




 その姿になっている理由は単純明快「力を制限する」ためだった。


 人間とは力の差が離れすぎて、人間には姿が見えないほどの存在であるヒカリ、それがいざ人の前に顕現した場合どうなるのか、答えは簡単、人はみな地面に頭を付けることになる。それは意図的に人がひれ伏すのではなく、ほとんどの者が威圧により立っていられなくなるからである。そうならないよう力を抑えた結果がこの姿。ほかにもっとなかったのかと尋ねると、「ヒカリというものは力量によって姿かたちが決まる。下級の精霊は私の様に形を持つこともできない、せいぜい中級程からこのような幼い姿を維持することが出来るようになる」と返されてしまった。


 それは分かった。現にウィルは一切の威圧感を覚えていないそれは契約を交わしたという理由もあるがいくら契約をしたからと言って力の7割を出されたら契約者であっても倒れこんでしまうだろう。そうなっていない今が一番の説得材料だった。




 「だとしたら、その、声は、変えたほうがいいんじゃないかな」




 「なに、この姿にこの声は似つかわしいか」




 んん、と喉を鳴らすイフリートは大人びた誘惑をするかのような甘いボイスをやめた。




 「これで平気か」




 声を変えることは人間であってもできる、それは一時的なものに過ぎないが。それがヒカリだった場合任意の時や場合に瞬時に声を変えることが可能である。それは声を作るではなく声帯を作るといったほうが正しいほどの代わり映えであった。


 甲高い声は鬱陶しいが悪くはない。それはこの愛しい姿から発せられた声であるから。かわいがっていた妹を思い出してしまうほど、なぜだか妹の声にそっくりであった。




 「それはわざと、か?」




 「ちょっとした情けだな」




 「は、ははその声でその口調だと、なんか変だぞ」




 以前新島君と呼ばれた時から疑ってはいたが、イフリートもウィルの過去を知る者。彼をこの世界に呼び出した少年はいっていた、ヒカリを集めろと。結局のところ炎のヒカリイフリートは少年に送り出されたのではないかと推測することもできる。


 いや、これだけ短い期間での出来事にしてはあまりにも大規模すぎる。推測ではなく間違いないと思うまでそう長い時間はかからなかった。






 「な、なぁウィル。そいつ誰だよ」




 ベリアルと約束をしてからちょうど四日目、再び魔術測定本部へと足を運ぶウィルとジェイスとイフ。




 「お前確か「断るなら、俺も一緒に断りに行ってやるよ」とか言ってたけど、ただ一緒に来たかっただけだよな」




 空から照り付ける日差し、地面に反射する紫外線、家の壁に囲まれ逃げ場のない熱気、それだけでもすでに熱いというのに右手をつないで歩く炎のヒカリ。左側を歩くなんでか興奮するジェイス。こんなのに囲まれていたら熱で溶けてしまう。




 「べ、別にいいだろ。それより誰なんだよ」




 「はぁ、分かった説明するからお前少し落ち着け暑苦しい」




 暑苦しいといわれしゅんとなるジェイスに昨晩夢の中で話した内容を分かりやすく手短に話す。




 「魔法はヒカリが発動させている。」




 黙ってうなずき返すウィル、特に何も気にせずに歩くイフ。




 「そのヒカリのトップが、この少女?」




 「そうだって言ってんだろ」




 「それ、やばいことじゃね?」




 確かにジェイスの反応は間違いではない、今まで存在も知らなかったものが実はこの世界を生み出したものであり、魔術が生まれる経緯となったもの。それもそのヒカリを統括する存在がいきなり目の前に現れたのだ。


 唖然、圧巻、驚愕、様々な思いが頭の中を駆け抜ければたかが人間の脳では到底処理しきれない。多少ヒカリについての知識がある者であっても同じ反応になるのだ、魔術が浸透しているエルフ族であったとしても多少は動揺も薄れるだろうが似たような反応になるだろう。


 魔術測定本部へ到着する頃、ようやく理解が追い付いたのか、はっとしたジェイス。きっとなんでロリっ子なんだと疑問が浮かんだろうが、質問することはなかった。




 「いつぞやの少年と、そこの女子は何者か」




 「あぁ、えー親戚の娘さんで、ちょっとだけ引き取っているんです」




 「そうか、して本日はいかようで」




 たまたまなのか、もしくは毎日同じ門番なのかは分からないが、四日前と同じ門番だったようで話が早くて助かった。


 羊皮紙と同時に学生であるバッチをバックから取り出す。前回証明できたからと言ってパスをすることは出来ない、原則として毎度身分を証明をしなくてはならない決まり、それはどれだけの情報がこの魔術測定本部に集まっているかを示している。


 形だけではあるものの一度その二つを手に取った門番はバッチ、羊皮紙の順に確認を行う。




 「これは、なるほど。」




 両方の確認を終えると、道を開けるように左右に門番が離れる。




 「急ぎのようだな、このまま通ってくれ」




 急ぎではないのだが、重要な話であることには間違いない。羊皮紙の押印をみて驚いた様子を見した門番だったが分厚い仮面をかぶっていたおかげかウィルたちには気かれていないようだった。正確にはウィルとジェイスは気づかなかった。




 入り口までの長い道を歩きながら正面に立つメイドに一礼をする。見覚えのある顔である。案内をしてくれたメイドで間違いはなかったようで扉の前まで行くと丁寧に音一つなく扉をあけ案内を始める。


 流石は王族に配属するメイドか、手をつないで歩くイフを気にすることはない。この1つの気遣いで先ほどの門番との差が見て取れる。






 「失礼します。」




 ドアを二回たたく音に続き先ほど部屋を後にしたメイドの声に反応するベリアルは腰を楽をしていた姿勢を正し、ドアに向かい、一度咳ばらいをしてからレバーへと手をかける。




 この四日間彼女にとってはとても長い時間に感じていた。実際断られるかもしれないという不安で仕事に手がつかない時間も多くあった。


 彼との契約が成立すれば今まで止まっていた様々な事象に対する研究が前へ進むことが出来るかもしれない。何世紀にもわたり幾度となく失敗を繰り返してきた実験が成功するかもしれない。それは”獄炎の魔術師”とは比べられないほどの威厳になる。


 ”獄炎の魔術師”と称されるようになってからはかなり楽な暮らしが出来ていた、家内ではメイドが三人ほどが私生活を全面カバーしているし、一般人には立ち入れない場所で研究を行うことも、欲しいものは基本的には手に入れることが出来た。名誉も金も決して一般では手に入れられないものを今までもらってきていた。


 でも、そんなものは見た目だけ、彼女が一番欲しかったものはいまだに与えられていない。それは何か、それはヒカリという存在であった。


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