第八話 目覚め。後編

 長机を挟み正面にはこちらの手元をを見定める、二つ名持ちが座っている。決して早くはないが着実に羽ペンを動かし署名をしていく。

 遡ること二日前。



 「それは契約するべきだって」


 ベットに座るジェイスは天井を見上げながら後ろにのけぞる。


 「寝るな、俺は真面目に考えてるんだ。」


 二日前からずっと考えている、”獄炎の魔術師”ベリアルと契約を組むか否かを。圧倒的にウィルが有利な交換条件なのだが本当に自分の属性”null”を提供してしまっていいのか。またまだウィルが知らない契約内容の裏があるのではないか。

 契約内容はすべてで四つ。


1。本契約内容は原則広言禁止

2。属性及び己に変化が現れた場合、契約提示者を第一に情報を受け渡すこと。

3。契約提示者の呼び出し、および招集には、即座対応すること。

4。契約内容において、契約者本人の意思に反する場合、契約内容の変更及び破棄を可能とする。


 言っていることに何の不思議もなければ重い制限があるわけではない。

 だからこそ怖いのだ。

 この契約による見返りは二つ。


1。契約者が求めるものは最大限注力し還元すること。

2。契約を破棄、または契約内容が完了した場合、契約提示者所有地の1/3を譲与すること。


 どちらも規模が大きすぎる。どう考えても契約内容に釣り合っていない。裏に何があるのか、それがまだわからないからこそ、簡単にうなずくことはできない。


 「はぁ。」


 「なぁウィル、お前はどうしたいんだ?過去の記憶が戻ってやるべきことができたんじゃないのか。」


 「そうなんだけど」


 「いいきっかけになると思うけど、それでも無理だっていうのなら、俺も一緒に断りに行ってやるよ」


 自分でもわかっている、目標が定まってそこに向かおうとしている最中、一気にスキップ可能なショートカットが発生しているのだ、ここで乗らないのならば1-1から一つづつしらみつぶしに攻略していくしかない。それがどれだけ大変なことか。いままで数千年に渡り使用され続けた魔術、しかしながらウィルの属性の情報は0に等しい。ゴールに付かないどころか一歩目を踏み出すのも難しい。それだけの大きい壁を乗り越えるチャンスが今目の前にある。きっと過去の記憶を置いてきていたウィルがここにいたのならば直ぐにでも契約を組むことだろう。


 「だめだぁ、また明日考えるよ。今日はもう疲れちゃったよ」


 今日の授業は実習訓練、、体力測定に近いものだった、スタミナや力、スピード、タフさ、といろいろと体を動かしたので少し早いが既に目が閉じかけていた。


 一瞬目を瞑った後、はっと目を開けるとすでにジェイスは部屋を後にした後だった。

 休息も大事という先生の言葉を思い出す。


 「頭が回るはずもないよね」


 そのまま別途に横たわるウィルはそっと目を閉じて眠りにつく。




 「ここは」


 先日赤い着物を着た女性と会った空間、真っ白な世界で一見すると比べることが出来ない。しかし空気や空間の歪み、何より後ろにある、圧倒的な存在でここが先日と同じ空間だと分かった。

 あの時より鮮明な意識に自由の利く体、後ろを振り向き女性に目を向ける。



 受けた命令は彼と契約を組んでほしいとのこと、それしか伝えられていない。つまりはどのタイミングでアプローチするか、どれほどの力を与えるか、彼とどこまで友好関係を築くのか。それは全て彼女自身で決めていいことになる。

 命令を受けてから一週間常に彼のことを見続けていた、過去の記憶を親友に打ち明けていたことも、属性測定を行った際も、ベリアルという二つ名持ちと会談をしているところ。今のところではあるが彼に対して嫌悪感は一切なかった。

 正直な話契約だけをしてほったらかす、それでもよかったのだが。


 「君のこと少しは気に入ったわ」


 振り返ったウィルに対し投げかける。

 その意味とは。


 「改めて、私の名前はイフリート、この世界を生んだ四大属性の炎を司るもの。ウィル・スレイム。私、ヒカリの力を使える自信はあるか?」


 彼にとっては唐突であり度重なるイベントに追い打ちを食らっている。それでもイフリートは今この場で契約を結びたかった。それはなぜか、ベリアルとの契約に関係している訳でもなく、彼女自身の勝手な思いでもない。ましてやなんとなくなんてこともない。

 四大属性だからわかる一つの感覚、その感覚が人による感覚とは次元が違っている。あてになる、あてにならない。そういった話ではない。これは間違いなく”決定事項”なのである。

 しかしこの後に待ち伏せる”それ”を今ウィルには伝えないほうがいいとイフリートは考えた。

 結果説明なしに彼への契約を持ちかけることになってしまった。


 「ヒカリ、ですか。」


 動揺しないということは、彼自身大体の見当がついていたということで間違いはないようだ。


 ヒカリ、それがどれだけの存在なのかまでは分かっていないであろう、それはベリアルが二つ名持ちだと知った時の彼と比較した結果、それほど驚きも、喜びも感じ取れなかったことによる推測。

 ヒカリについて説明を始めれば数分や数時間で収まらなくなるのは間違いない。理解ができない範囲にまで及んでしまう。


 「ヒカリ、とは魔法の元のようなものと思ってくれて構わないわ」


 この言い方には語弊があるかもしれないが間違いではない。

 実際魔法というのはマナ保有者が一度ヒカリにマナを渡し、そのお返しということで魔法を生成発動を行っている。一般的にマナを渡すヒカリは空中に漂う下級のものが基本、契約を結ぶわけでもない。それだと非効率極まりないのだ。10のマナを渡したとしてお返しとして発動できるのはせいぜい5程度のマナを使う魔法。残りのものは受け取ったヒカリが自分の力の元にしてしまう。

 現代で魔法を使うものが少ないのはこういった裏があったから。大体の者が魔術を使用する、魔法に比べヒカリを介さず己の中で魔法の形を偽造するのが魔術である。

 お互いに良し悪しはある。

 魔法の場合、属性がある分ヒカリも存在するため、発動したい属性のヒカリにマナを送れば誰だって魔法を使うことが出来る。

 魔術の場合、属性開花という段階を踏まない限り己の中で対応する属性の魔術が発動できない、またあくまでも偽造”レプリカ”であるため本来の魔法より劣ってしまう。それは威力やスピードだけではない。発動に要する時間や、一度に生成できる数も劣ってしまう。

 コストが高いという条件以外は魔法のほうが圧倒的に優れている。コスト面だけで魔法が廃れた。ではコストが魔術と同じ程度で済む場合はどうだろうか。

 それが彼女が持ちかけた契約である。


 当然彼が断わる理由はない。説明を受けて納得するよううなずくウィルを見てほっと一息。


 「それでは、契約のため私の名前を呼んでいただけますか」



 目の前にいる存在がどれだけの者か、目の奥に宿る負のオーラに納得がいく。そんな彼女が持ちかけたのはただ俺と契約を組むということ。俺は何もしなくていい。魔法を発動してほしいときにマナを彼女に渡すだけ、それだけである。ただベリアルと契約を結ぶ時とは違う。イフリートは何も隠していることはないと、そう感じる。感じるに過ぎないが彼女ほどの存在が何かこのちっぽけな人一人に要求することはまずないだろう。これもまた神様のいたずらに近いそう言ったものなのだろう、そう心の中で思うウィル。


 「イフリート、俺と契約を結んでほしい」


 今日のイフリートの威圧はゼロに近い、先日は動くことも喋ることもできなかったというのに。


 「はい。私炎のヒカリイフリートはウィル・スレイムと契約を結ぶことを誓います。」


 こんなにもあっさりと契約が完了してしまっていいのか。この言葉を交わす以外に何かしなければいけないということはなかった。

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