第六話 目覚め
日差しが強くなり、気温も一段階上昇した蒸し暑い夏が近づいてきた。スイロン帝国は王都ヴァルヘイヤから少し北上した場所に点在している。王都ヴァルヘイヤは春夏秋冬問わず温暖な気候で領土の半分程度が砂漠地帯になっている、その分暖かい気候を好む、体全体が赤くきらめく鱗で覆われているのが特徴なサラマンダー族や美しくも堅い肌を持ち人種に近いが人種に比べ力に優れた黒眼種などが暮らしている。また砂漠地帯という植物を育てるには適さない土地を家畜を育てることで有効活用をしている、その分か王都ヴァルヘイヤに住む者は野菜より肉を好むといわれている。そこから一番近い首都がスイロン帝国である。王都ヴァルヘイヤに比べ気候もかなり安定し、冬には雪が降ることもしばしある。
そんなスイロン帝国にも夏が近づいていた。
照り付ける太陽の下ウィルとジェイスは魔術測定本部へと足を運んでいる。学校で魔力測定を行って今日でちょうど一週間、今日は学校の設立記念日で休みなので魔術測定本部に予定を合わせてもらったのである。
結局あの日以降「null」については考えるのをやめて、優先すべきことに焦点を当てていた。もともと現世の記憶が上手く過去の記憶の制御を行っていたが時々過去の記憶に押し返されることがあった、そうならないよう均平に保つため、精神トレーニングやジェイスに協力を願い実践的にトレーニングを行っていた。
その結果か最初のほう疑問そうにこちらを見ていたスミュール令嬢も最近はいつも通りに接するようになった。無論ほかの生徒も同じように仲良くやっている。
「あ、あれがそうかな」
雑談交じりにウィルの属性の推測を行うこと数十分、背の高い民家の隙間から民家より数倍大きい建物が見えた。外装はそこまで派手ではなく、どちらかというと冒険者ギルドに近い殺風景とまではいかないがシンプルな作りだった。
見えてから正面門に付くまでまた数分歩く。だんだんと近づく魔術測定本部が距離に比例して大きくなっていくのがわかる。目の前まで行くとかなりの迫力だった。魔術学校第三校舎に比べ勝るとも劣らないその大きさはやはり国で運営をしているだけはあると感心するほどであった。
横幅約6メートル近い門を左右から守る分厚い鎧を身にまとい自分の身長より数十cm長い石槍を体の側面にぴったりと合わせる門番の二人に声を掛けられる。この魔術測定本部にはスイロン帝国で魔力測定を行ったすべての民の個人情報が集まっているのだ、素通りできるはずがなかった。
「こちらに何用か」
石槍を交差させるようにウィルたちの前にやった右の門番が問う。
「高等魔術専門学校の生徒です。先日の魔力測定の際、再度測定を受けるよう命じられ本日参りました」
「ふむ魔術学校の生徒であったか、身分の証明できるものは持っているか」
そういわれるとウィルは腰に巻いたバックを開き一つのバッチを取り出し門番に見えるよう前に突き出した。
「うむ、間違いはないようだな、少々待って頂こう」
右の門番は左の門番に顎で合図を送り、合図を受けたほうは槍を引くと脇にあて整った歩行方法で魔術測定本部へ入っていった。
ウィルが見せたのは高等魔術専門学校の生徒を証明するために発行された証明書のようなもの、学校内では制服の襟元に常に付けているのだが外出する際は制服を着ないようにと校則で決まっているため、バッチだけを持ち出してきたのだ。
スイロン帝国一の学校ということもあり、そのバッチ1つでほかの証明書が不要になるほど優遇されている。偽造をした場合には国で厳しく罰せられるようになっているので、まず偽造するものはいない。
話すこともなく数分が経過した頃魔術測定本部から左の門番が帰ってくる、後ろには魔術測定を行った際にいた豪勢なローブを着た魔術師がついていた。
「いや、待たせたなウィル殿と、ジェイス殿もおったか」
「いえ、そこまで待っていないので」
「そうか、外で説明するのもなんだ、早速中に入ろうか」
そういうと踵を返す魔術師、その後ろをついていくウィルとジェイス。門を潜ったというのに建物に入るには数十秒と必要なほど長い道だった。
それだけのことはある。門番と別に入り口前に立つ二人の女性が目に入る。メイド服を着た、作法からして王族に従属するものと思われる二人が音もなく大きな扉を開く。開かれた扉の真正面、しっかりと居座る大きな階段を中心に左右に伸びる赤いじゅうたんが敷かれた廊下、いくつの部屋があるのか数えるのが嫌になるほどの扉の量に高い天井から吊り下がる大きな照明器具。どこを見ても満足がいくほどの整った室内で右往左往する魔術師や騎士。圧巻その言葉が合うだろう、二人は口を開けていることにも気づけない程であった。
「それでは参ろうか」
そんな二人を数秒間見ていた魔術師は中央の階段を上がり途中で左右に伸びた階段の左側に進んでいく、階段を登り切って次は正面の廊下を数分進んだ先、ドアの上部に客室と書かれた部屋に案内された。
今更だが後ろに付いてくる一人のメイドに気が付いた、メイドは音もなく前へ出ると丁寧にもドアを開けてくれた。
「すまないが数分だけ待つことになるが問題はないな」
メイドに何かを伝えた後こちらに向き直る魔術師に問題がないことを伝える。
案内をされた部屋も隅から隅まで手が行き届いていた。入って正面長机を挟むように置かれた二つのソファには奇麗に敷かれた動物性の皮があり、右のソファの後ろには天井に届くほど高い書棚、逆側にはティーカップなどが置かれた食器棚が置かれ、入った正面の壁には芸術的に描かれた美しい女性の絵画が飾ってあった。
「どうぞ座って」
先に腰掛けた魔術師が座るようウィルたちに促す。少々座るか迷ったが遠慮は不要だといわれ、魔術師の反対側のソファに腰を落ち着かせた。
「そういえばなんだが、まだ名乗ってなかったよな」
「はい」
「うむ、私は炎、水、風、闇の四属性を操る魔術師ベリアル・フォーリエンス、ベリアルと呼んでくれたらいい」
「ベリアル・フォーリエンス」
復唱をしたウィルにはその名前に聞き覚えがあった。四大属性のうち三つを操りなおかつ闇属性も習得をしている魔術師。学校図書の文書で読んだ。フォーリエンス家長女。
「”獄炎の魔術師”」
ふとその言葉が頭に浮かぶ。
「ははは、そう呼ぶな、それはもう過ぎた話だ」
数年前に起きた無数のモンスターが急に街を襲ったパンデミック。その時に炎の魔術を使い一網打尽にした魔術師。それがベリアル・フォーリエンス。”獄炎の魔術師”はその際救われた西の帝国サラハザの貴族や国民によって伝えられた二つ名。この世界で二つ名というものちょっとした偉業では得られるものではない。偉業は偉業でも、未来栄光言い伝えられるほどのことをしたものにしか付けられることはない。今現在、存在する二つ名持ちはウィルが知っている限り四人。魔力測定器を発明を果たした”魔術の革命家”魔王の使いと称される黒炎龍ブラッド・ヘッドを封印した剣士”ドラゴンスレイヤー”大自然を司った妖精族の当主”大森林の守護者”そしてモンスターパンデミックから世界を救った”獄炎の魔術師”。
今まで偉業を果たしたものは数多く存在する。その中でも二つ名を付けられるのはこれ程までに小数なのだ。その一人が今目の前にいる、それがどういうことなのかきっと誰だってわかることだろう。
メイドが再び部屋に訪れるまでの数十分はほんの一瞬に感じるほど唯意義な時間だった。文書で見た内容より本人に直接話を聞くほうが確実に彼女の偉業のほどがわかるというものだ。横にいたジェイスもまた、”獄炎の魔術師”は知るものの文書までを読んではいなかったのだが、なぜそのような二つ名を付けられたのか納得に値する内容だった。
「それでは測定室へと移るとするか」
メイドがいないうちにウィルの属性について研究を行うことの許可を取ったベリアル。なぜわざわざ彼女が再測定の係に付いたのかが分かったと同時に自分の属性がどれほど不可解なものかもまた分かった。測定時に誤った方法を取ってはいなかったということも。
当然何もなしに”獄炎の魔術師”が任意で測定係へと志望することはない。二つ名を付けられるほどには人脈も広いはず、結果データは研究員へと差出、その見返りが目当てなのだろう。見返りはそこらで手に入るちっぽけなものでも、貴族や王族などで出回るようなものでもないと、そこまでウィルは推測していた。決して推測は間違いではない。ベリアルは見返りとして最新の闇属性に対する研究結果をもらうことになっていた。
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