第四話 魔力測定 弐

 スイロン帝立高等魔術専門学校、様々な国家がある中、上から数えたほうが早いほど規模が大きい学校である。

 スイロン帝国で生まれ育ったものしか入学ができない、ということもなく毎年各国から幾人かの入学者が検討されている。現に今年にも数十名の生徒が入学を果たしていた。それほどにも大きいため、主に四つの区域で分けられている。

 第一校舎が立つ上級生区画、上級生という言い回しはあまりよろしくないだろう、”特待生”そのほうがマッチする。年齢や学年は関係なく、学科ごとで上位数名に入ったものだけが第一校舎へと進出し、一般生徒に比べより良い部隊や騎士団への入隊が認められやすい。また教員も他校舎に比べ上質ぞろいである、去年度からやってきた魔術師教師は炎、風、水の三種を扱える。それだけでどれ程にも優待されているかがわかる。何せ三属性を持つ魔術師など数世代またいで一度見れればマシというほどまれなのであるからだ。

 第二校舎、続いて建てられている第三校舎。これらは主に外部の者が出入りすることが多いい外部接触区画。現に魔術測定は第三校舎で行われている。毎年配属先が決まらない卒業生たちが第二校舎付近で騎士団などの隊員を捕まえては交渉をしているだとか。

 第四校舎、主に新入生や進学が認められなかったものが送られる先、一般区画。とはいえ世界で見ても上位に入る学校ということもあって施設に不備があったり教員の質が悪いなどはめったに起こらない。

 そして年に一回開かれるクラス別対抗戦などが行われる競技場を始めとしたさまざまなトレーニング施設、また学校生活を送るにあたってなどの備品の販売をしている行事用区画。

 規模の大きさは上から上級区画、外部接触区画、一般区画、行事用区画の順である。面積で表せば外部接触区画よりも一般区画のほうが広いのだが、内装や高さなど総合評価をすると外部接触区画のほうが大規模であるという話だ。


 それほどにも完備された区域とは思えない薄暗い部屋が第三校舎二階北側の一角にあった。



 その場でサラ博士に案内されたウィルとジェイスは薄暗いカーテンをめくり教室の中へと足を運んでいた。外部の光は一切遮断され、ランプや火が焚かれているわけではない。しかしながら不思議と視野はしっかり開けている。横を見るとはっきりとではないがジェイスの顔を確認できた。そんな不思議な体験を数秒たったころ、ついに部屋の全貌が露になった。


 「これが魔術、測定室」


 思わず口に出してしまう。少なくとも今まで見たことがなかったような光景が目の前に広がっている、とは思っていたことだろう。しかしながらその想像をはるかに超えるものが彼らの目には映っていた。

 先ほどまでは一切声がしなかったのだが、暗い道を抜けてすぐ右には案内人の女性が四名、バックルームがあるのかそのすぐ後ろには潜り抜ける扉が配置されている。

 案内所の正面。暗い道を抜けて一番最初に目に入るのは、まるで冒険者ギルドを醸し出すかのように賑わう幾人かの冒険者たち、結果を待つ人や受ける前の人たちがあふれていた。ウィルとジェイスが来るのが早かっただけで、実際30分後にはスイロン帝立高等魔術専門学校の貸し切りになる予定だ。

 そうして人込みを抜けた先、黒く分厚いカーテンをめくった先からが本番だった。


 「学生の皆様は優先して実施してもらうから、早速測定してもらいましょうか」


 サラ博士がカーテンを人一人通れるほどめくる。その瞬間太陽の光でも、人工的に作られた燃焼物のどちらでもない光線がカーテンの隙間から差し込んだ。とっさに目をつぶり手を覆ったのは条件反射的なもの、その場にいた全員が同じようにしていた。

 ちょっとした好奇心が、覆った手の人差し指と中指を少し開き一瞬目を開ける。

 太陽の光は直視してはいけない。人工的に作られた光も同様にあまり直視しないほうが良いといわれている。しかしながらカーテンから差し込んだ光は、その光を直視した彼に一切の害を与えることはなかった。きっと直視しても問題がないと知っていたとして、目を開けていられるのはごくわずかだろう。

 体感的に数分その光が部屋の中を包んでいた。少しずつ収まる光と共に背後ではざわめきの声を上げる冒険者たちがいた。


 「水晶に問題は?」


 「特に問題ありません」


 「ディレイさん体のほうは」


 「あ、あぁ俺なら大丈夫だけど。なんかやばいことやっちゃいましたか?」


 かすれ行く光の中、光を発した当本人と測定を担当しているローブを着た四名の女性が一問一答を繰り返していた。

 部屋の中は言葉では表せないほどのものだった。設備は見たことがないものばっかりで、どれもが一般では買えないほどの値段がするだろうと予想するのが容易な物ばっかりだった。

 悲しいことにその一つ一つを彼らは堪能することがままならなかった。それ以上に衝撃的なものをついさっき見てしまっていたから。それは紛れもない事実であった。



 一時的に部屋から退出させられ教室の前で先ほどの話で盛り上がっていることしばし、ちょろちょろとクラスメイト達が集まってきていた。時間にしては20分くらいだろうか。その間に帰っていく冒険者が今日の一般利用は終了したことを悟らせていた。あれだけの不思議な現象が起きたのだ、これまで数多の歴史書を読んだ彼ですらそんな現象が綴られる文書に出会ったことはなかった。


 「ウィル君とジェイス君ごめんね。」


 サラ博士と共に出てきた男性、ディレイは生徒を一通り一瞥すると頭を下げて帰路についた。


 やっとの思いで測定ができる、さっきのは何だったのか。二つの感情が頭の中で回っていたが再び歩く不思議な空間でそんな感情は道を抜ける前に消え去っていた。


 「ジェイスお前から頼む」


 先ほど慌しかった女性四名は横一列に並び順番が決まるのを黙ってみている。文句は言えない。訳ではないが生徒たちが楽しそうにしているのが見えるので何も言わずに、こちらの決断を待っている。「まぁ本来なら20分以上前に測定は行われるはずだったんだ、数分待たせたくらいなんともないでしょ」。と思っている彼らの本音を彼女らに聞かせてやりたいのだが。



 「いやいやウィルお前から行けって、俺はじっくりと」


 「いや俺のほうがこの設備を見るに値するだろ」


 何故譲り合っているのか、それはこれだけの設備をじっくりと観察をしたいから、とお互い気持ちは一緒である。


 「はい二人とも、今日はだいぶ待たせちゃったから、あとで二人だけに時間を設けてあげるよ」


 横一列で並ぶ女性の一番左の華奢でひと際豪勢なローブを羽織った女性が口を開けた。

 見ていられなかったというわけではない二人は魔術具を長い間観察したいとそういっていた。ならば見せてあげればいいのではないかと単純な答えだ。


 「いいんですか?」


 「あぁもちろん、何も見られちゃいけないものなら端からここに置いていないだろ」


 よっしゃーとわかりやすくガッツポーズをした二人、次の瞬間には後手の押し付け合いが始まっていた。


 結局折れたのはジェイスだった。まぁ最初から分かりきっていたことではある。なんだって現世で生まれてから今までずっと一緒にいた親友なのだから、これくらいは分かっていて当然である。

 いやそうな顔をせずにカーテンのすぐそばに腰を下ろしたジェイスは早速と言わんばかりに周囲を見渡し設備を見ていた。



 見たことないものばかりが置かれている。それはどれも自分だけが見たことがないというわけではない。きっと学生の中の半数は見て驚くのだろう。

 カーテンをくぐった先は外から見る限りありえない程、広い空間である。そこは人工的に作り出した無属性空間魔法により時空を一ひねりすることによって生まれた時空のずれである。いくら何でも学校のグラウンドくらい広くするのは無理でも、それでも、もとより二回りか三回りほど広くなっている。きっと分厚い黒いカーテンは時空の歪みを外部へと影響を及ばさないようにつけられているのだろう。

 開かれた空間の端から端まで壁に背を付ける巨体な装置や道具などが立ち並んでいる。

 ひときわ目立つのは大きな大きな鏡である。この部屋の中で一番背が高いだけあって倒れないようがっちりと固定されている。一見すると普通の鏡だが、この部屋に”普通”など存在していないなど誰でもわかる気がする。

 次に壁際から離れ、部屋中央付近に置かれている丸いテーブルに目が行く。高さ60cmほどの奇麗に装飾した柱の上に直径40cmほどの天板がつけられている。その上に紫色の分厚い座布団のようなものを挟んで置かれる、向こう側が見えるほど澄み切った、まんまるの水晶玉が置かれていた。直感でジェイスは思った。「高く売れそうだな」。それは決して間違いではない、が売りに出せば値段はつかない。いや付けようがない。実際あの水晶玉は一度市場に回ったことがあったが、国として。いや世界としてその行為を止めに入った。結果水晶玉は世界で均等に分配されるようにと、しっかりと完備がされるようになった。

 この水晶玉もただの水晶玉ではない。素人、一般人から見れば何もできないただの水晶玉だが、とある一定の水準を満たしたもののみが本来の効果を発揮させることができるという、なんとも珍しいものだ。

 ジェイスも水晶玉についてはある程度の知識を持っていた、街を歩けばあれほど奇麗なものはないが時々商人がやってきて販売していることがある、また占いをやっているおばあちゃんにのぞかせてもらったり、家宝として持っている一般市民に数度であったことがある。

 そのどれもがジェイスクラスでも水晶玉の効果が使えるほどのものばかりで、一定の基準など知っているはずもないジェイスはあれをのぞき込みたいとばかりに目をかがやせていた。

 数分後か様々な設備に見とれていたジェイスは一度奥のほうへと姿を消したウィルが帰ってきたことに気が付く。

 部屋の右奥、ジェイスから見て水晶玉の先にもう一枚黒い扉を挟んだ部屋がある。なぜこれだけの設備があるのにあんな角っこに行ったのか、今目の前にある道具たちは飾り物なのかと思ったが、そんなことがあるはずもなく角の部屋から出てきたウィルは次に鏡の前に立たされていた。




 先行が決まった、となればすぐにでも測定に移ってもらいたい。それが彼の今思っていることである。それは測定を行う魔術師たちも十分に分かっていることである。何せ集合時間20分前にはこの部屋に到着していたのだから。

 手続きも済んでいる。先ほどの一件で再度設備の点検を行って正常であることも分かっている。あとは本人の意思が決定するのを待つだけであったため、ウィルの思いの通りすぐに測定に移ることができた。

 ウィルやジェイスは10の好奇心で不安がないだけであって、一般において魔力測定は緊張をするものである。先日ウィルが説明した通り基本的にマナの総量は生まれた時点で決定する。そのため今後の活動において、明確的にされてしまうのが仕事に支障をきたす可能性がゼロであるとは言えない。また属性の開花は10歳前後で初めて開花する。但し開花する属性はすべてが炎、水、風、土、闇、光、無のどれかに該当する、というわけではない、中には炎属性のごく一部、木材に火をつける程度の魔術しか使えない場合があったり。土属性の派生、地属性。または地属性のうち鍛治に特化したものが人工で一番多いといわれている。もちろん土属性とは明らかに性能や魔術、凡庸性が全然違うため、それらは土属性に含まれていない、人工で一番土属性が少ないことに変わりはない。

 そういうこともあり中には一時間近く決断が決まらずその日はキャンセルするというものが年に数回現れるらしい。


 今のウィルには後日に変更などは言語道断、日付をずらしたら自腹になること間違いない、当然別日に無償で受けれるとしてもそうすることはなかっただろう。

 早速案内されたのは水晶玉の前を素通りし、謎の液体を三本の瓶に蓄積させている装置でもなくその左側の影が薄く気づかなかった、黒い扉の先だった。


 「ここは属性検査室です」


 魔術師の一人が扉を開きながらそう言う。属性検査室だけ別になっているのはプライバシーを保護するためだという。中には二属性を持っている人や珍しい属性を持つ人もいる。前までオープンで検査をしていたのだが嫉妬なのかそう言った属性を持つものを専門に暗殺を企てる裏組織ができたことがあった、そのため今は自分から開示をしない限り、他者に属性がばれることはまずない。それは今もなおなくならない闇組織や爵位の高い貴族、王族に値する者たちにも開示されることはない。


 部屋の中に置かれているのは一つの巨体な石のみ、巨体というだけあって今のウィルと同等の背の高さをしている。厚さはそれほどない、前面は何十年も磨き続けたのかと質問をしたほどつるつるで、自分が映し出されるほどのものだった。


 「それではそちらの石板に触れ微量で構いませんので魔力を通してください」


 丁寧な案内の後一緒に部屋へ入った魔術師の一人が外へと出ていく。測定を行う魔術師でも他者の属性を見るのは原則禁止となっているため、属性測定室にはウィル一人が残っていた。


 「触れて、魔力を流す、ね。」


 過去の記憶からするに、こういった工程には幾ほどか覚えがあった。

 すっと伸ばす左手の平を石板中央付近に添える、見た目以上の触り心地に、ひんやりとした冷気が伝わる。心臓から左肩、腕、手の甲、手のひらへと微力なマナを送る。ウィルのマナが石板に届いたと同時、触れていた手の部分からまるで水が滴る波紋の如く石板は内側から外へと光を放ちながら文字を刻んでいく。解読が不可能な文字、それは現代の文字より数世紀前のもの、古代文字。魔術の歴史は古く数千年前から今まで途切れることなく使われてきていた。

 いくつも描かれていく文字の中一つだけ見覚えのある単語があることに一瞬驚きを隠せなかった。

 石板の右上、ちょうど手のすぐそば、そこは現世の記憶ではない、過去の記憶が知っている言葉。

 「null」はっきりとそう書いてあった。無ではない。何もない。「無」である。それは何を意味するのか、ほかの文字が読めないためにそれ以上今は分からないがはっきりと1つ、今まで読んできた文書のどこにも英語が使われているものを見たことがなかった。

 

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