第二話 選択と過ち
窓の外から聞こえる鳥の声をここまで耳障りに思ったことはない。煤汚れた天井を見つめながらそんなことを考え、ため息を1つこぼす。何もない質素な部屋にはよくお似合いなため息。やがて部屋の中を一周回りその音はかすれていく。
「新島、健」
ふと過去の自分の名前をつぶやく。こんな話を今まで聞いたことあっただろうか。いや似た事例は過去にテレビで見たことがある、それが自分だっただけだ。そんなバカな話あるかと当時は思っていただろうが実際こっち側に来ると何から考えればいいのか。脳の処理が追い付かない。
「どっちで生きていけばいいのだろう。」
第三者が今のセリフを聞けば何の話だと首をかしげるだろう。そんなセリフを言う日が来るなんて思ってもみなかった。
家族を愛して、貧しい生活を送ってきた強い心を持つ現世の自分。悪行を働き地の底に落ちた過去の記憶。どっちを取ってもデメリットはついてくる。
現世の記憶で生きていけばなぜ俺は生まれ変わったのか。根本から間違えてしまっている気がする。きっと暗い過去を引きずりながら生きるより幾分か楽で楽しい人生になるだろう。でも後悔があったからこそ俺は生まれ変わった。簡単にこっちと決められない。
では過去の記憶か?
実際は怖い、過去の記憶がありながら今まで通りに振り舞うことができるのか。きっとできない。そんなもの無理に決まっている。後悔、それを持ちながら皆に今まで通り接すれば、俺が、俺を壊してしまう。
脳内で再び考える少年の言葉。
「君には三つ選択肢がある。1過去の記憶と共に、後悔を晴らすため七つのヒカリを集める。2現世の記憶で今まで通り、過去は過去と奇麗にさっぱり忘れ、過ちを忘れ去ること。3双方の記憶で生きる。きっとこれが一番きついと思うけどどちらか選べないなら仕方ないよね。明日の夜君のもとにどちらを選ぶか聞きに行く。それまでに決めておいてね」
俺は選べなかった、朝が過ぎ、西日が差し、気が付けばあたりは薄暗くなっていた。
ガチャ
「よウィル、その後の体調は?」
ノックもせずにずかずかと、考え事を一時中止扉のほうに目をやる。予想通りそこにはジェイスが立っていた。
まぁあんなことがあったのだ心配はするだろう。それも今日一日なんの連絡もせずに休んでしまったのだ、逆の立場だったら俺も間違いなく心配で様子を見に行くだろう。
「ジェイス。部屋に入るならノックくらいしてくれないか」
小首をかしげるジェイスがこちらを見ていた。
少し前の話。結局今日一日欠席だった隣の奴。医師は問題ないとは言っていたが。
「まぁあいつのことだしケロッとしてんだろ」
そんなことを言いつつ心配をする気持ちが足を進ませていた。
結構あいつには世話になってるしな、ちょっくら見舞いがてら今日あったあの面白い話でもしてやるか
「こんこん」
「・・・」
「こんこん」
あれ寝てんのか、
「ガチャ」
鍵かかってねぇし不用心だぞ
「よウィル」
なんだ起きてるんじゃないか
「その後の調子は?」
ドアを開けた一瞬だけ見えたぼーっと自分の手を見つめるウィル。何かがいつもと違った。
「ジェイス、、部屋に入るなら、ノックくらいしてくれないかな・・・」
ノックならさっきしたじゃないか。それより
「どうしたまだ体調良くなってなかったか?邪魔ならずらかるけど」
いつもとは違う。何かが彼の周囲に張り付いたまま剝がれずにいる、そんなオーラを醸し出すウィルが俺の目に映っている。体調がいい悪いの話ではない、明らかに今までの彼とは別人、中身が入れ替わっているそんな風に感じ取れる。邪魔なら出ていくとは言ったが、今の彼を一人にさせてはいけない気がする。
「いや、ちょっとだけ話を聞いてくれないか」
ジェイス、彼は昔からの親友だった。父親と狩りに行くときにたまに一緒にいた、それだけじゃない、なぜか俺が暇なときに限って遊びに誘ってくれたし、ジェイスの母にもお世話になった。うちで寝ることも時々あったし、二家族でピクニックに行くこともあった。
きっとそんな彼ならこの話をしても、そう思った時にはもう口が動いていた。彼の気持ちを考えない勝手な発言だったことは考えればわかる。こんな話されたら誰だって困惑するだろうし、自分で決めるのが何よりも正しい。
頭より先に体が動くことなんて今までなかった。
「おう、何でも聞くぜ」
いつものジェイスの返事がなんだか心地より、ベットの上、俺の脇に座ったジェイスが片手に飲み物を持っていることに今気が付いた。
「ありがとう。」
「んんで、話ってなんだ?その様子じゃすごい内容だろうけど。あ、話なら俺も持ってきてるからよ、お前の話が終わった後腹抱えるほど笑わせてやるよ」
ランプの光が反射するかのような奇麗な歯を見せたジェイス。彼の態度で今俺がどんな感じなのかやっと考えることができた。なんていう醜態、はは。やっぱり頼りになるな。
「えっと、ちょっと待って理解するのに脳が追い付かない」
包み隠さず過去の話と昨日の一件をジェイスに話、少しだけ気持ちが楽になった。まぁ連鎖することはわかっていた。俺が持っていた不安を解読不可能な内容に書き換えた後ジェイスに渡した。それはもうジェイスの頭はついていけていないだろう。
「それで結論から言えば。過去か現在か両方でどれかを選べってことか?」
「うん。」
「かぁーそんなものを俺に聞いて大丈夫か?」
「ジェイスだから。」
「はぁそっかー」
やっぱり面倒ごとを押し付けた感じになってしまった。話をする前にやっぱり断ればよかったな。
「やっぱ、一人で、考えるね」
「お前今、俺がめんどくさがっていると思ったろ」
当然だ、こんな無責任なものを押し付けられれば誰だって混乱する。それは親友だと思っているジェイスも同じだろう。
ジェイスの語尾が疑問形になっていたのにも気づけていなかった、少しは頭の整理ができ、まともな思考ができるだろうと思っていたのだが、当然そう簡単に切り替えができるほど経験を積んでいるわけではない。それは彼自身が一番よくわかっている。よくわかっているがいざというときにはそれすらも忘れてしまう。人間そううまくいくことばかりじゃない。
少しの間風が窓をたたく音だけが部屋に響く。
ジェイスに再び顔を向ける。
「ばぁーか、その話誰にでも話せるってわけじゃないだろ?それを俺に話してくれるなんて涙が出てくるくらいうれしいよ」
口を開けようとした瞬間、ジェイスにそれを阻まれた。
ふざけた口調のまま、それでも顔は真剣そのものであった。きっと一人で抱え込むな。そんなもので俺がお前を捨てるとでも?そんなことを言いたげな顔を、今の彼にもしっかりと伝わっていた。
「俺はたとえどんな結果を選ぼうがずっと親友でいる気だぞ?相棒」
あぁそうだった俺はこいつのこういうところが好きで、ずっと前から一緒にいることが当たり前で、これまで一度たりとも彼に警戒の目を向けたことがなかった。
この一件で彼のすばらしさを再認識を得た。再認識ができたからこそ勇気が出た。偶然なんて存在しない。そんな言葉が頭をよぎった。
「俺は、両方の記憶を残してこの世界に残る。」
それはなぜか?理由まで言わずともジェイスにはその気持ちがしっかりと伝わった。
夜遅くまでジェイスを引き留めてしまっていた。ジェイスの持ってきた話はまた後日にということで解散し、就寝の準備を済ませた俺は一切の躊躇なく瞼を閉じた。
「やぁ健君。その顔を見るところ決断したみたいだね。”どっち”で生きるか」
先日の夢の中と同じように登場した少年はにっこりと笑いながらまっすぐと彼目掛け、鋭い目を向けていた。
「あぁ決まったさ、おせっかいな誰かさんのおかげでね」
「へぇよき友を持っているんだね君は」
俺が選ぶのは二つの記憶。決して忘れてはいけない過去の記憶、決して無くしてはいけない現世の記憶。どちらか選べないんじゃない。どちらも選んだ結果だ。ジェイスと話すまでははっきり言ってどっちか選ぶかが怖かった。片方を選べば片方がなくなる、両方を選べば俺は、俺が壊れると思っていた。なに簡単な話だったじゃないか一人が無理だったら二人で、二人でダメなら幾人かで。それでもだめなら、いやこの土壇場でそんなことを考えている暇はない。決意した。ジェイスにも伝えた。俺は
「両方」
この場においてこれほど口に出すのが怖くなるなんて、情けない。
ただかすかに届いたその声を少年はしっかりと受け止めていた。
「うん僕の予想通り、もし片方のどちらかを選んでたら、君に明日はなかったからね」
満足そうにうなずく彼を見て、人とはこれほど醜いものなのかそう思わずにいられなかった。
「君の答えしっかりと受け止めたよ、それじゃぁ頑張ってね」
最後にそう言い残した。自分だけ言いたいことを言って。俺は無意識世界の中再び無意識へと陥られた。
「こんこん」
扉の音と共に心地の良い鳥の鳴き声が耳に響く。
「ウィル入るぞ」
あぁジェイスか。
これだけの付き合いだ、声だけどころか足音で誰かわかってしまう。
掛け布団をめくりベットに座る形になる、よっこいせ、そんな言葉が合うかの様にいつも以上に重い腰を上げ居直す。
しっかりと記憶は残っている、昨日のは夢だった、それはそれでもいいのだが俺はこの選択を後悔はしていない。
「なんだよ起きてんのかよ」
「あぁおはようジェイス、昨日はありがとな」
にっこりと向けた笑顔にジェイスも同じよう笑顔を見せてみた。
第二話 永遠と記憶
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