第3話 無能少女

 私は1人だった。それもそうだろう。


 戒異かいいを引き継がなかった私は実の両親から見捨てられ、湊斗みなとを避けるようになっていた。


 中学に入ってからクラスが別れていたため、湊斗に会うことは少なくなり、彼からのメールもスルーするようにした。


 私はどんなことよりも湊斗に失望されることが怖かった。


 唯一の親友から見捨てられるのを恐れた。彼が私をどう思っているか知りたくなかった。知るのが怖かった。


 その頃になると侍女からの扱いも杜撰になり、家での私の居場所はなくなった。


 中学生になったばかりの頃の私はひたすらに努力した。


 友達もつくらず、孤独に毎日魔術の練習をして、成績もトップをキープし続けた。

 せめて外面だけは完璧であろうと。


 聞くところによると、湊斗は戒異を完璧に使いこなし、13歳にして初代を越えるほどの力を手に入れたそうだ。


 私に向けられていた期待の目は消え、侍女たちが、妹が、わざとらしく大声で湊斗の話をする。


 両親は、戒異を受け継ぐことができた妹ばかりを可愛がり、高校への進学と共に家を出ようと考えていた。


 しかし、その頃になってやっと気づいた。

 自分は湊斗のことが好きなのだと。


 家を出れば、おそらく鳳凰院家は私の存在を無かったことにするだろう。そうなればもう二度と湊斗と会うことはできない。


 湊斗の隣に私の知らない女性が座っているのを想像すると、胸が苦しくて仕方なかった。諦めきれなかった。


 中学1年の冬休みが終わる頃、私がそんなことに苦悩していると、珍しく父から呼び出された。御三家と繋がりのある名門私立中学に転校しろという命令だった。

 12歳の時に私が戒異を受け継げなかったこともあり、その頃は公立の中学校に通っていたのだ。


 その命令を聞いた時に、父は西園寺家とのつながりを強めるために私を使う気だと確信した。


 御三家などと並べて呼ばれているが、西園寺家と鳳凰院家では明確に力の差があった。現状、西園寺家は御三家の中で最も力を持っており、それに対して鳳凰院家は最も力が弱かったのだ。


 この命令を聞けば、私は一生鳳凰院の道具として生きていくことになるだろう。しかし、そうだとしても湊斗に対する思いは消えなかった。


 私は命令を聞いた。


 そして時は流れ、私が18歳になったと同時に湊斗とお見合いすることになった。


 彼は以前とは違ってたくましくなり、魔術師としての実力は、御三家の現当主を圧倒するほどにまで成長。1000年に1人の天才と呼ばれていた。


 10年前、情けなく、うじうじしていた彼の姿はそこにはなく、私と真逆と言える成長を遂げていた。


 その日、彼と2人で話す機会があった。


 彼は私に聞いできた。


 なぜお見合いを受けたのか?


 あなたが好きだから。


 言えるはずがなかった。自分から散々避けておいて、今更あなたが好きですだなんて。ずっと彼を避けてきた私にそんなことを言うことなんて許されるはずがないと。


 ただ、彼の言葉を聞いた時、私は激しく後悔した。


 あの時、なぜ頼ってくれなかったのか?


 彼は私を見捨ててなんていなかった。この6年間、彼は昔と変わらずに私に接しようとしてくれていたのだ。


 その時、答えることが出来なかった。


 自分が犯したあやまちの大きさに初めて気づいた。


 彼に捨てられた?違う。私が一方的にそう思い込んでいただけだ。


 その夜、ひたすらに泣いた。自分自身を呪った。罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされそうになった。もうどうでもいいと思えた。でも、外面だけは維持しようと思った。


 これ以上、彼に迷惑をかけないために。


 お見合いの話の時点で、結婚はほぼ確定していた。そうなるように親同士が密約を結んでいたことを私は知っている。仮に私が断ったとしても、彼はまた別の人と結婚させられるのだ。


 ならば、せめて私が彼の妻として完璧を演じよう。そう覚悟を決めた。


 その矢先、大変なことが起こった。大規模転移魔術によって見知らぬ地、異世界に連れてこられたのだ。


 終わったと思った。


 彼は天才だ。惑星間であったとしても、一人分の転移魔術なら実行できる。そして、私はそれができない。


 親を利用し、嘘をつき、彼に近づいた私に対して、神が罰を与えたのだと思った。


 ところが、彼は私のところにきた。一人で帰れるのにだ。


 なぜ私のところに来たのか疑問だった。


 転移魔術は座標が分からないと発動できない。転移してきたばかりの今なら、魔術の跡を辿って地球に帰れるが、時間が経てば経つ程それは難しくなる。


 このままでは彼が帰れなくなってしまう。

 私が彼の人生を壊してしまう。


 それだけは避けなければいけない。


 そう思って、彼の質問には投げやりに返した。八つ当たり気味に返した。これで、今度こそ本当に愛想を尽かすだろう。


 しかし、彼は私を見捨てなかった。私を助けると言ってくれた。


 私を受け入れてくれた。私を好きだと言ってくれた。


 気がつけば私は泣いていた。たまらなく嬉しかった。


 この時、自分の全てをこの人に捧げようと心に誓った。


「私の残りの人生をあなたに捧げます。それにしても、今思うとなかなか恥ずかしいセリフですね。でも、嬉しいです。私を救うって言ったんですから、責任きっちり取ってくださいよ」愛しています湊斗くん!

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