第2話 転移
10年前、夏も終わりを迎えようとしていたある時のこと、
「ねえ、湊斗!将来、私がすごい魔術師になったら、私と結婚しよう」
「け、結婚!?」
「湊斗は私じゃだめ?」
「ダメじゃ……ないけど……その……」
「ふふん。なら決まりだね!忘れちゃダメだよ!」
「う、うん」
「納得してなさそうだね」
「えっと、いや、そのなんか、結婚するならプロポーズもするんだよね?」
「当たり前じゃん」
「なんか、その、恥ずかしい」
「えー、普通なことなのにー」
「ご、ごめん」
「あ!いいこと思いついた!私がプロポーズする時の言葉を先に教えておいてあげる!いつか、私にプロポーズされる時にために、心の準備をしておいて!」
「え、ええ!?むりだよ」
「そうやってなんでもすぐ諦めるのは良くないよ。私は湊斗のそういうところは嫌い。もっと堂々としなよ」
「そうは言われても」
「まあ、それは結婚するまでに直しておいてほしいな。それじゃあ、言うよ!よく聞いておいてよね」
葵衣は息をゆっくりと吸う。
「私が湊斗に言う言葉は、_________________
◇
「そんじゃーほーむるーむはおわりー。一限目の準備しとけよー」
担任の教師が気だるそうな声でそういうと、教室を後にする。
HRが終わり、湊斗は前の方にいる葵衣の席を見る。
湊斗は昨日、自分が感情的になりすぎたことを少し後悔しつつも、葵衣が登校していることに安堵する。
手早く一限目の準備を済ませ、隙間時間にスマホを手に取ったその時、嫌な予感がした。
具体的に何か?と問われれば、答えることは出来ないが、魔術師としての直感が湊斗にそう告げていた。
そして次の瞬間、その直感が的中していることを確信する。スマホの画面に圏外と表示されるされたのだ。刹那、辺りを眩い光が包み込んだ。
◇
非常に厄介なことになった。
あの後、謎の光に包まれた俺たちは、どうやら別の星に転移させられてしまったらしい。クラス全員で異世界転移というやつだ。
女王を名乗る人物が、魔王を倒して欲しいと言ってきた。
なんでも、異世界人は転移の際に神から特殊な能力、転移特典を与えられ、それでこの星の人々が戦争している魔族の王である魔王を倒せたのこと。
武器を持った熟練の兵士、魔術師に囲まれた状況では事実上の脅しであり、反抗して女王に文句を言った生徒がその場で殺されると言うアクシデントが起きたおかげで、みんなだまって素直に従っている。
さて、ここでの問題というのは俺と葵衣のことだ。
現在俺たちは列に並ばされ、謎の水晶玉で身につけた転移特典を判別されているのだが、おそらく俺と葵衣は転移特典を貰っていない。
というのも、タチの悪い話だが、こいつらが言ってる転移特典は神が与えたとかそんな綺麗なものじゃない。
これは呪いだ。奴らはなんらかの手段で転移魔術を構築し、その際に余った膨大なエネルギーが呪いという形で俺たちに押し付けられているのだ。
俺は勿論、葵衣も一応御三家の長女であるため、この程度の呪いは防げる。
だが俺と葵衣意外の生徒たちは手遅れだろう。呪いは外部からの排除が困難なものが多い。呪われている本人が解呪するのであれば、呪い返しを使えば簡単に対処出来るが、外から呪いを解くのは極めて困難だ。しかも、今回俺たちに押し付けられた呪いはそこらのものとは格が違う。並の魔術師なら、自分が呪われたことすら気づかないだろう。
そして、呪いによって強力な力は手に入るだろうが、どんなに長く見積もっても5年以内に呪いに身を滅ぼされて死ぬだろう。
話を戻すと、俺と葵衣は呪いを防いだせいで特典なしと判別されるわけだ。女王に愚痴を言っただけでその場で斬殺するような奴らだ。最悪の場合、葵衣が殺されるかもしれない。一体どうしたものか……
そうこう考えている間に、気づけば葵衣の番が回ってきていた。
◇
「ん?妙だな……」
「どうかしたか?」
「いや、水晶が反応しないんですよ」
「そんなまさか……本当だな。ハズレみたいだな。別室に連れて行け」
「は!」
命令された兵士は葵衣の手を強引に掴み、葵衣についてくるように指示する。
どういう訳か葵衣は素直に指示を聞き、そのまま別室へ連れて行かれてしまった。
湊斗は兵士たちの会話から転移特典をもらっていないのは想定外のことなのだろうと推測し、この場で斬殺されないことに安堵する。
湊斗はこちらに転移してきた時に葵衣にかなり強固な防御魔術を使用したため、仮に葵衣が殺されそうになっても助けられるだろうが、面倒になることは極力避けたい。
また、わざわざ別室に移すのであれば、どうせ自分も連れていかれるだろうと考え、ひとまずは口出ししないことにした。
「次、お前の番ださっさとしろ」
しばらくして、湊斗の番が来た。湊斗は水晶玉に手をかざす。勿論、水晶玉は反応を示さない。
「なんだ?お前もが。ったく、面倒だな。ほら、ついてこい」
そう愚痴をこぼす兵士に連れられ、予想通り、葵衣がいる部屋に連れてこられた。鉄でできた扉に窓ひとつない部屋。家具は一切なく、床は石でできている。端的に言うと牢屋だ。
「一応陛下の確認をとるが、お前たちは追放だろうな」
「追放?」
「あ?わかんねぇのかぁ?転移特典を持たない無能勇者を養うなんて馬鹿馬鹿しいだろ?まあ、楽しみにしておけ」
そう言い残すと、兵士は鍵を閉め、邪悪な笑みを浮かべながらその場を後にした。
追放が具体的にどのような処置か分からないが、あの男の見下しているような言い方から、ろくでもないことは確かなのだろう。
「全く、お互い災難だったな。まさか君とこのような形で2人きりになるとは。それで、これからどうする?クラスメイトを助けるか?」
俺は部屋の隅で膝を抱えて俯いている葵衣に語りかける。
「彼らを助けるのは現時点では不可能でしょう。それよりも、湊斗様の実力であれば残存魔力から情報を読み取って、転移魔術で元の世界に帰れるのでは?」
俯いたまま、葵衣は投げやりに返事をする。
「そりゃ俺1人なら可能だ。でも、婚約者をほっといて自分だけ逃げるなんて真似は出来ないだろう」
「……婚約者ですか。そんな形だけのものに縛られる必要はないと思いますが。昨日、湊斗様は私との政略結婚に憤りを感じていたように見えました。私1人を置いて帰ったところで、特に何かが変わるわけでもないでしょう」
投げやりだった声は次第に荒々しくなっていく。
「私は鳳凰院家にとっても、西園寺家にとってもただの縁結びの道具でしかありません。湊斗様は鳳凰院家から逃れたいなら家を出ればいいと思うかもしれませんが、私は鳳凰院家を裏切ること、ましてや父に逆らうことなど出来ません。婚約を結んだ以上、今私が消えても鳳凰院と西園寺の関係が崩れることもないでしょう。もはや、私は用済みなんですよ」
「……道具ね。俺は君のそういうところが気に入らない。すぐに自分の価値を落としたり、1人で抱え込んだり。俺の前で心にもないことを並べるのはやめろ」
「事実を言ったまでです。鳳凰院家に私の居場所なんてありません。どんなに頑張ったところで、私は決して報われない。戒異を持たない私に、鳳凰院を名乗る資格はない。まあ、魔術に関してはとっくの昔に諦めていたので、今更なんとも思いませんが」
「嘘をつけ。君は諦めてなんかいない。わずかな可能性を信じて、誰にも気づかれないように日々鍛錬を積んでいるはずだ」
そうでもなければ、転移時の呪いを防ぐことはできない。
「父親に逆らえないとか言っていたが違うだろ。君は単に逃げたくないだけだ。君の中にある魔術師としての矜持がそうさせているんだ」
「………………そうかもしれません。で、湊斗様は私に何が言いたいんですか?才能もなく、哀れな私を、諦めきれない私を、笑いたいんですか!」
「断じて違う!」
「なら、何なんですか!あなたに私の気持ちが分かりますか?あの日以来、侍女にすら相手にされない私を、惨めで、才能がないのが分かってて、でも諦めることもできない。そんなどうしようもない私をあなたなら救えるんですか?私を助けてくれるんですか?私を見捨てないでくれるんですか?」
葵衣は顔をあげて立ち上がると、今にも擦り切れそうな声で叫ぶようにそう言い放つ。そして葵衣の頬をつたって一滴の水滴が滴り落ちる。
「あたりまえだ。俺が葵衣を救ってみせる。葵衣が助けを求めるなら、たとえ異世界にだって助けに行く。俺は絶対に葵衣を見捨てたりしない!」
「嘘です。あなたもきっと私に愛想を尽かす。いえ、もうとっくに尽かしているんでしたね」
「尽かさない!俺は葵衣の諦めない姿がカッコいいと思う。私がいなくてもいい?いい訳ないだろう!むしろ、葵衣じゃなきゃだめなんだ!俺は、葵衣の頑張ってるところが好きだ。どんなことにも真面目で、負けず嫌いで、絶対に諦めないところが好きだ!葵衣の術師としての矜持も、葵衣の顔も、葵衣の声も大好きだ!だから」
湊斗はあの言葉を思い出す。一言一句、間違えなく覚えている。10年前のあの日の言葉を。
「残りの人生を
その言葉を聞いた葵衣は膝から崩れおち、子供のように泣き始める。
人目を気にして生きてきた葵衣が絶対にしないような、幼稚園児のわがままをいう時のような、そんな泣き方だ。
湊斗は葵に近づき、そっと彼女を包み込む。そして、背中をゆっくりと撫でる。
一頻り泣き終えると、葵衣は落ち着きを取り戻し、湊斗の耳元で囁く。
「私が表に出なくなったとき、ちょうど中学に上がるタイミングでしたよね。あの時、私はあなたが失望したと思っていたんです。あなたに嫌われたのを知るのが怖くて、それからあなたを避けていたんです」
「失望なんかしてない。あの時は親父から口出しするなと言われていたんだ。今思えば、親父ことなんか気にせずに、君に喋りかけておけば良かったと後悔している。すまなかった」
「いえ、悪いのは私です。勝手に被害妄想に陥っていました。すみません。昨日も今日もあなたに酷いことを言ってしまいました」
「気にすることはないさ。お互い、今までの事は忘れよう」
「そう言っていただけると助かります。それにしても覚えていてくれたんですね」
「初恋の相手からプロポーズの台詞を言われたんだぜ?忘れるわけないだろう。それで返事を聞いても?」
「もちろんOKです。私の残りの人生をあなたに捧げます。それにしても、今思うとなかなか恥ずかしいセリフですね。でも、嬉しいです。私を救うって言ったんですから、責任きっちり取ってくださいよ」
「ああ。もちろんだ」
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