転移特典なしの俺。異世界で婚約者と共に追放されたので、少し早めの新婚旅行を楽しもうと思う

京野 魁斗

第一章 異世界転移編

第1話 再会

 突然だが、魔術というのをご存知だろうか?


 名前ぐらいなら知っている人も多いだろう。所謂、ファンタジーと呼ばれるジャンルで登場するものだ。


 現代社会において魔術とは、存在しない架空のものとされている。しかし、魔術は確かに存在する。では、なぜ広まっていないのか?


 答えは簡単。隠蔽しているからだ。


 魔術の発端は平安時代。妖魔や妖怪などと呼ばれる存在が現れた時期に誕生した。


 それ以来、魔術を扱う魔術師たちは表舞台には出ず、裏でひっそりとそれらの退治をおこなっていた。近代に入り、科学技術の発達とともに魔術も劇的に発達。その結果、妖魔やら妖怪やらは絶滅し、世界に平和が訪れた。


 めでたしめでたし。


 で、終われば良いのだが、現実はそうはいかない。

 明治以降、力を持った魔術師たちは世界中で国家を脅かすほどの存在になっていた。勿論、全ての魔術師がそうではない。

 魔術師の中でもほんのごく一部、戒異かいいと呼ばれる特殊な魔術を使える魔術師たちだ。


 戒異は本来の魔術とは違い、絶大な力を持っていた。とは言っても、魔術の概要を知らなければ、これがどんなものか分からないだろう。簡単に説明すると、魔術はあくまで物理法則に則ったものであるのに対し、戒異はそうではない。


 魔術はそれ相応の手順を踏み、術を使う。いわば等価交換。

 戒異は1から10を産みだす奇跡の産物だ。


 まあ、この際細かいことは置いておこう。


 国家を滅ぼしかねない力を持った魔術師たちは、政治の裏側で暗躍し、それはここ日本に置いても同じであった。


 鳳凰院ほうおういん家、西園寺さいおんじ家、神宮寺じんぐうじ家。


 これらの魔術の名家は戦後の政治や経済に絶大な影響を与えたことで、御三家と呼ばれるようになり、今では圧倒的な力と政界との深い関係により、事実上の支配者として君臨している。


 そんな御三家だが、実はかつては殺し合いをするレベルで仲が悪かった。しかし、戦争が始まるとそれどころではなくなった。そして、仕方なく協力関係になった。


 その時に行われたのが政略結婚である。そして、それは今もなお続いている。まあ、当然と言えば当然なのだろう。御三家同士で争うよりも協力した方が都合がいいこともあるし、協力関係を結ぶ点に関しては、文書なんかよりもよっぽど手っ取り早く、確実な手段だ。


 もっとも、家同士の都合で結婚させられる方の身にもなって欲しいものだがな。



「では、これにて婚約成立ということで構いませんな?」


 締め付けられた空間で、一人声を出す男がそう問いかける。この男こそ、鳳凰院家当主にして、今回のお見合いの発案者、鳳凰院 明人あきひとである。


「ああ」


 向かいに座る男、西園寺 勝仁かつひとが一言それに答える。


 本人の確認を取らず、事務的に、ただ事実を確認するかのように淡々と会話は進む。

 それはまるで、婚約者当人がこの場にいないかのようだ。


 もうお分かりだろう。戦前からの伝統(?)である政略結婚がたった今、この場で行われているのだ。


「この婚約は両家にとって非常に喜ばしいことです。これからも両家の繁栄を願っています。それでは本日はこれぐらいで失礼します」


 明人が話を終わらせようとした時、勝仁の隣に座っている青年が声を上げる。


「話がまとまったところ、申し訳ないのですが、1つ宜しいでしょうか?」


「おや、何か問題がありましたかな?」


「いえ、こうして縁を結ぶことになったのですし、久しぶりに葵衣あおいさんと二人きりで話がしたいと思いましてね」


「なるほど。私の方はかまいませんが……」


 明人は勝仁の方をチラリと見る。


「問題ない」


「ありがとうございます。それでは失礼します」


 俺は葵衣を連れて部屋を出た。



「改めまして、鳳凰院 葵衣あおいです。不束者ですが、よろしくお願いします」


 そういうと葵衣は深くお辞儀する。


「改めまして西園寺 湊斗みなとだ。こうして話すのは久しぶりだな。今は周りに誰もいないから、そんなに気を使わなくていいぞ」


「ありがとうございます湊斗


「……それで、どうしてお見合いをしようとおもったんだ?」


「私に拒否権などありませんから」


「……はぁ。そんなところだと思ったよ。待ってろ。すぐに親父を説得して解消させてくる」


「ま、待ってください!その、私が至らないのは理解しています。ですが、精一杯尽くしますので、どうか、それだけは許してください」


「……」


 湊斗は内心で大きなため息をつく。


 鳳凰院 葵衣。学校では文武両道の極みとして名を知らしめており、スポーツ万能、成績トップ。特徴的な銀髪と容姿、スタイルの良さから、男子からも女子からも人気のある天才美少女。


 しかし、家では違う。御三家の生まれであるのに戒異を継承しておらず、生まれながらに銀色の髪は呪いとして忌み嫌われている。魔術の腕はそれなりにあるようだが、戒異がないため無能と蔑まれ、実の妹にすら見捨てられている哀れな少女だ。

 本来なら、長子である彼女が他人の家に籍を移すなどあり得ない行為であるが、戒異を持たない無能であるため、駒としていいように使われているのだろう。


「俺は君のそう言うところが気に入らない。その感じだと、今回のお見合いも自分の意思ではなく当主の命令で来たんだろ?」


「……」


「少しは楽しみにしていたこっちの気持ちも考えて欲しいもんだ。昔の君は自分の生き方を自分で決めていたと俺は思うが?」


「今と昔では立場が違います」


「……さっさと家から出ていけば、もっと平穏な生活を出来ただろうに 」


「……」


 湊斗と葵衣は昔から面識はあった。というか、かなり仲が良かった。鳳凰院家と西園寺家は本家が同じ大阪にあり、なにかの行事で会うことが多かったのだ。


 当時はお互いに子供であったことや、葵衣に戒異を継承できていないことが分かっていたため、長女である葵衣は鳳凰院家の次期当主として扱われていた。そのため、御三家同士の集会などの際によく会っていた。

 小学生になると、同じ学校であったこともあり、親に内緒で2人はよく遊んでいた。


 しかし、今は違う。12歳で覚醒し、扱えるようになるはずの戒異を葵衣はなぜだか分からないが使えなかった。戒異の継承に失敗した葵衣は、皆から見捨てられ、行事ごとに顔を出すこともなくなった。


 12歳になるまでの葵衣は、努力家で魔術師としてのポテンシャルが高く、周囲から期待されていた。そして、彼女自身も自分の魔術に誇りを持っていた。


 自信に満ち溢れた葵衣に、当時の湊斗は憧れていた。湊斗にとって、葵衣は尊敬できるライバルであり、最も信頼していた親友だった。そして、そんな葵衣が好きだった。しかし、戒異が使えないと分かった瞬間、彼女は引きこもるようになってしまった。


 高校生になった現在でも、2人は同じ学校の同じクラスであるが、12歳を境に葵衣から湊斗を避けるようになり、次第に会話することがなくなっていった。


 あそこまで輝いていた葵衣が、じぶんを捨て人形に成り下がったことが湊斗は耐えられなかった。


「君からお見合いの話が来た時、実は嬉しかったんだ。自分の生きる道を決めたんだと思ったからさ」


「……」


「俺は魔術でも勉強でも君に負けっぱなしだっからな」


「昔の話です。今となっては私の魔術なんて、湊斗様の足元にも及びません。それに、私はもう諦めましたから。今の私がどれだけ努力したところで無駄です」


 俯いたままそう言葉をこぼす葵衣を見て、湊斗はため息をつく。


「一つ聞いておきたい事がある」


「なんでしょうか?」


「あの時、なんで俺を頼ってくれなかったんだ?」


 湊斗にとって最大の心残りを問いかける。

 事情を考えれば、葵衣が行事に顔を出さないことは仕方ないことだと湊斗は思っていた。


 ただ、親に秘密で連絡先を交換していたにも関わらず、全く頼られなかったこと、相談してくれなかったことに、裏切られたかのようなショックを受けた。

 自分はそんなに信頼されていないのかと。


「それは……その………………」







「……もう答えなくていい。明人さんをあまり待たせるのは悪いからな。俺は明人さんを呼んでくるから、そこで待ってろ」


 そう言い残すと湊斗は部屋を後にした。

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