江戸028_おひろめ 参

酔って寝てしまった秀頴を抱えて場所を座敷に変えた。

ゆっくり話すには置屋の帳場は向いていない。


 座敷に着く頃には秀頴も目が覚めた様で部屋を見回している。


「あれ? いつの間に座敷に来たっけ?」

「つい今しがた」

「置屋にいたよね?」

「あぁ、少し前までね」

「連れてきてくれたの?」


「そう、誰かさんが甘えるから座敷に移った」

「へっ?! おいら何かした?」


覚えてない様なので、秀頴の腕を取って俺の首に手をまわす。

さっきの状態を再現しておいて

「こんな事してたから」

「ん…」


さっきと同じ様に秀頴に口付けた。

「こうした」

「!!」


秀頴は驚いて酔いが醒めてきたようだ。

「ええーーっ! 宗さん、それって松介さんの前でやっちまった?」

「あぁ… やっちまったが、どうした?!」


「うわっ!! 宗さんどうしてそんなこと」

「秀頴がバラしていいって言ったろ?」

「だからって人前でそんな事して良いって言ってない!」


「そりゃ悪かったよ。でも人前で俺の首に手を回されてだ、目の前に

顔が来りゃ仕方ないと思わないかい?」

「人前なら我慢してもいいんじゃないの?」

「じゃ我慢するよ、何もしなきゃいいんだろ! 判ったよ」


秀頴の手を外して離れる。

「今は人前じゃないんだから離れなくてもいいのに」

「なぁ俺さ、どうすりゃいいんだよ。酔った勢いとはいえあんなに

甘えられちゃさ我慢の限界だと思わないかい?」


秀頴の言ってることは正論と判っていたけど、すでに煮詰まっていた俺は

吐き出すしかなかった。


「本当は秀頴にちゃんと言えば良かったんだけど、俺も照れがあって

言えなくて…。こうして二人でいたらさ…。いやそうじゃなくて…

ふと見た瞬間に綺麗だなと思う時とか、ちょっとした仕草だとか

秀頴を見てるとたまらなくなるんだよ!!」

「たまらなくなるって?」


「あぁもうっ!! だから秀頴がたまらなく欲しくなるんだって!!」


今までの遊びの時の口説き文句なら、平気で言えた言葉だったのに

何でこんな一言が恥ずかしくて言えないんだろう。

それも遊びならもっと雰囲気作りも出来るのに、照れ隠しに叫ぶ様な

無様な告白しか出来ない…。


「宗さん…」


「こんな言葉は遊びで口説くなら簡単に言えるのに秀頴には照れて言うのも

恥ずかしいんだよ。それに自信がないから、はぐらかされると拒まれてるのかと

心配になって、嫌われたくないから先に進めない。秀頴の前じゃ本当に

情けない奴になっちまうんだ」


「おいらだってさ、嬉しいんだけど照れくさくて、どうして良いのか

判らなくなるんだ」


「そうだろうとは思ってたけど、俺さ秀頴からハッキリ気持ち聞いてないから

不安になってたし…」

「おいらの気持ちは宗さんに伝えたでしょ? それに見てたら判る筈だよ。

おいらは宗さんだけなんだから。それと… 言葉で言うのはちょっと…」


「恥ずかしいかぃ?」

「ん…」

「じゃ首を振るだけでいいから答えてくれないかな?」

「それならいいよ」


真顔で秀頴の瞳を見つめながら尋ねる。


「秀頴、俺のことが好きかい?」

「ん…」と頷いて今度は秀頴が聞いてくる。

「宗さんは、おいらのこと好き?」

「もちろん… 好いてるよ、秀頴」


さっきの酔いに任せたものではなく、素面の秀頴が俺の首に手を回す。

「宗さん… きて…」

「いいかい?」

「ん…」

秀頴の返事を待って、きつく抱きしめてゆっくりと押し倒す。

間近で見る今日の秀頴は一段と艶っぽく美しい。


「秀頴、今日も綺麗だね」

綺麗という言葉に秀頴の顔がほのかに上気する。


「あ、、あのね… 宗さん…」

「ん? もう待ったなしだぞ」

「違うんだ、あの… 宗さんの想いが俺の想いだから…」


「だから… なんだい?」

「欲しいと想ったら… きて…」


「それでいいのかい?」

「ん… いいよ」


 秀頴は疲れが出たのか、俺の膝で眠っている。

無防備な寝顔はいくら見てても飽きない美しさがあった。

素肌の上に無造作にかけられた着物が、細身ながら引き締まった体を映す。

色白で透き通る肌。何処から見ても俺の理想の造形がそこにある。


綺麗な人は何人も見てきたけど、心根から立ち居振る舞いまで

全てが俺の理想で、見てるだけでも幸せを感じる。

この上なく惚れてる自分に笑ってしまうけど、こんな時間がまた愛おしい。


しばらく眺めていると

「ん…」と少し目を開いた。

「秀頴…?」

「あ… 寝てた?」

「いいよ。疲れてんだろ」


秀頴は手を伸ばして俺の顔に触れる。

「ねぇ宗さん、ずっと悩んでた?」

「ん?」

「何も出来ないって、困ってた?」

「あぁ少しね。好きでもそれは別なのかと思って悩んでた」

秀頴がくすくす笑い始めた。ご機嫌が直ってきたようだ。


「なぁもし俺が煩悩は他所で吐き出して来た方が良いか聞いたらどうする?」

「へっ、それって宗さん… 心とは別でってこと?」

「うん、、まぁ例えば… 吉原に行くとかさ…」


「あぁいう場所は付き合いもあるから仕方ない場合もあるのは

判らないではないけどさ、でも…」

「でも…?」

「そういう時は先においらに言って」

「許可してくれる?」

「駄目、おらいが先!!」

「そりゃもちろん俺もその方が有難いねぇ」


笑いながら頬にある秀頴の手を握って口付けながら瞳の奥を伺う。

まだ少し虚ろな瞳をしている。

手を握って見つめたまま、酒を口に含み口移しする。

「ん…ん…っ」

秀頴は驚きながらも、ゆっくりと飲み干して笑う。


「美味しいかい?」

「ん… 宗さん… おかわり」

「あいよ」言われるまま、また口移しする。


ふと膳を見ると秀頴の好物が目に入った。

「秀頴は…」

まだ虚ろな瞳で答える。

「な、に、、」

「煮こごり好きだったぇなぁ?」

「ん…」

今度は煮こごりを口移しする。

「いけるかい?」

「ん… 美味しい」

好きなものを食べてる時は格別嬉しそうな顔をする。

握ったままの手に頬ずりする。そんなことが至福に思えた。


「ねぇ宗さん。おいらさっきのことで何か聞こうと思ってた様な…」


まずい… 昔の遊んでた頃の話とか伊豆との話とか説教されそうな話なんざ

今思い出すなよ、、、


まだ虚ろなままで聞いてくる。

「そういやさ、浮舟の頃はそんなに遊んでたの?」

「だねぇ。秀頴みたいに本気になれる相手がいなかったからね…」

「あっちの輪番はもうしない?」

「あの話は少し前に断ってるから絶対に来ない」

「本当に?」

「もちろん!! もし来ても断るから」

「絶対?!」

「ん、絶対断るよ」

「じゃいい」

「許して貰えるかい?」

「ん…いい、、、あーーーーっ!」

「な、、何?!」

「伊豆守様の話。最後に抱かせろってあれ聞いてない!!」

「ん、言ってないから…」

「何で言ってくれないのさ」

「あの時の伊豆は俺がどこまで本気か試す為に聞いただけだよ」

「そうかなぁ…」

「そうじゃないと思うかい?」

「伊豆守様は宗さんのこと好きだからね」

「おいおい…勘弁してくれよ」

「でも、この間の挨拶ではそんな言い方してたけどな」

「そうなのか?」

「たぶん…」

「そう言われても、俺が好きなのは…」

「誰?」秀頴がまたくすくす笑い始めた。

「さぁ誰だったかなぁ」

「宗さんっ!!」

「さぁてどうしようか… 先に煩悩を捨てに行くべきかぃ?」

「そんなことしなくても、おいらがここにいるでしょ」

「いいかぃ?」

「…うん」


体を移して上から秀頴を見る。

「やっぱり綺麗だぁねぇ。駄目だ俺。心底やられちまってるよ」

「宗さん、おいらも…」


「なぁここの仲間内だけに俺達のことお披露目していいかぃ?」

「宗さんはお披露目したい?」


「出来れば… したい。秀頴は俺のだって自慢したいから。でも秀頴が

嫌なら… 俺と違ってしがらみもあるだろうし… それなら仕方ないから

しなくていいさ。俺達が判ってりゃいいことだから…」


「宗さんが思うままで良いよ。おいらだって宗さんを独り占めしたい」

「俺も秀頴を独り占めしたくて仕方ないさ」


そう言いながら秀頴にかかった着物を振り払って白い胸に顔を埋めた。 

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