江戸027_おひろめ 弐

 秀頴は入ってくるなり見た俺と松介の姿を誤解して

怒っているのは明らかだ。


前にも松介には会っているから、そんな事はないと判っていても

その怒りは収まらず、普段なら俺が説教されて済むはずなのに

松介まで巻き込むことになってしまった。


松介はその秀頴の様子が恐いらしく酒をあおっている。

秀頴に恐々ご機嫌伺いをしてみる。


「来て早々だし、どうだい?」と煙草盆を出してみたが

「むせるから要らない」と一蹴された。


「酒は?」

と尋ねると無言で手を出す。渡したぐい飲みの酒を一気に飲み干した。

まずい… かなり怒ってる…。


冷静になって貰わなきゃならないし、二人の関係がバレないように

秀頴ではなく伊庭で呼んでみる。

「それで伊庭はどういう話が聞きたいんだい?」

「宗さんは黙ってて!!」また一蹴された。これはかなりまずい…。


秀頴はにっこりと笑って松介に問う。

「で、松介さん、宗さんの恋の悩みってどういう事なんだい?」

「えっ… あ、、あぁ 良い雰囲気になっても相手に話しをはぐらかされて

手がだせねぇとか、なんとか…」

「へぇ… 遊び人の宗さんでもそんな事があるんだ」

ちらと俺をみる。


今さり気なく『遊び人』に力入れて言ったろ…

それに手が出せない相手ってのは他ならない秀頴じゃないかよ!!

秀頴がそうなら俺も知らん顔して話してやる!!


「あぁ散々遊んできたけど今の相手は遊びじゃないから困ってるんだよ」


俺達の会話を聞いて松介も緊張がとけたように話だす。


「だよなぁその気の無い女でも、すぐ手中にしてた奴が、据え膳喰えずに

困ってるなんて想像できゃしないぜ」


松介… 言いすぎ…


こんな話を聞いて秀頴の怒りは頂点に達してるのかと思えば

意外にも秀頴は冷静に会話を続けている。


「松介さん。宗さんって本当に遊び人だったんですね。まだまだ他にも

そんな話があるんでしょ?」


「ええっと… あとはこの間話した色の方の輪番で一度に3人ってのが…」

「だからそれは何度も言ってるけど!一度じゃない!! 3人続いただけだ!」


あっ… 松介だからいつも通りにしゃべっちまったよ…


「へーーっ! 3人続いて相手するなんてすごいねっ!! 」

秀頴は冷静に聞いているけど、今のはあとで絶対お説教されるな…


「そんな奴がさ、本気っていうからどんな奴が相手か知りたくて

聞いてたんだが言わねぇんだよ」

「何でさ?」

「惚れられてるか自信がないんだとさ。これまで惚れさせて当然って奴が

こんなに弱気なのも珍しいだろ」


「惚れさせて当然って、すごい事だよね?」

「そうそう、何しろ面倒見が良いから遊び人と知ってても自分だけは

本気かもしれないって思わせるんだよな」


「俺は思わせてないよ!向こうが勝手に勘違いしただけで…」

「じゃなんで、そういう奴に手を出してたんだよ?!」


「本気でなくて良いって言ったし。祝言とか真っ平ごめんだって

端から言ってても来るから…」


って松介… 幾ら知らないからって秀頴の前で何言わせるんだよ。


「で、今の相手も最初はお前が口説いたんじゃないのか?」

「口説いてねぇよ!! 俺は長年抑えてたのに先に押し倒したのは

あいつの方なんだからな」


「押し倒されるって、お前が?!」

「あぁ!! それでまあ色々と…」


「宗を押し倒すなんてな、伊豆の殿様以来だな」

「…」


松… 頼むから伊豆の話は出さないでくれよ。

また秀頴のご機嫌が悪くなるじゃないか…


「あぁそういや今の相手は女じゃないって言ってたよな」

「えっ… あぁ…そうだよ」

「宗さん、相手のことはどこまで話したの?」

「女じゃないってとこまで」


「おっ!! そういえば…」

松介が何か妙なことを思いだした様だ。


松介はまじまじと俺を見て

「そういや本気の相手なら伊豆の殿様には話したのか?」

「伊豆には二人で挨拶に行ったよ」

「ほぅ。でもあの人が、簡単にお前を手放したもんだね…」


「いやいや。最後にもう一度抱かせろって言ったけど、俺が本気で

惚れてる事が判ったら、手は出されずに済んだんだ」


「宗さん、その話は聞いてない!!」


しまった!! 秀頴がいること忘れてた…

何も無かったから気を抜いてしゃべっちまったけど

きっと怒ってるな… これもあとで説教されるんだろうな…


とりあえず今は松介に悟られない様に誤魔化さないと…


「そ、、そうか伊庭。後で座敷に行ったら話すよ」

「後でってどういうこと?」

「あ、、いや 今は松介がいるから」

「いてもいいじゃないか!!」


気がつかないうちに秀頴は酔いが回っているようで、このままだと

自分からバラしてしまいそうな気がした。


「伊庭… それを言うと相手がバレちまうからさぁ」

「何?! 宗さんはバレたらまずいの? 浮気でもするつもりなの?」


松介も俺の相手を知りたいから秀頴の言葉を援護する。


「俺もそう思うんだよな。俺達にバレたって邪魔なんかしねぇし

反対に何かあれば助けてやれるっての知ってて言わないのは、

まだ遊び癖が抜けてないからじゃないのかよ!!」


「そんなことはないって!! ただ自分に自信がないのと…」

「と…?」

「俺みたいな気楽な身分じゃないから、もし噂になって迷惑かけないかとか…

考え出したらキリがなく不安になるんだよ」


「それなら仲間内だけにでも、お披露目すりゃいいじゃないか」

「仲間内には、自分に自信が出来て、あいつが良いって言ったらな」


突然、秀頴が叫んだ。

「聞けばいいじゃないか!!」

その迫力に押されて驚きながらも、何とかバレない様に返答する。


「そうだな。また今度会った時に聞いてみるよ」

「何でさ?! …何で今聞かないんだよ、宗さん!!」


まずい… 人前でこんなことを言うってことは、かなり酔ってる筈。

秀頴を見ると酔いと眠気の両方が迫っている様だ。

そのうち自分のことを『おいら』って言い出したら手遅れになる…。


「だから、それはまた今度な、伊庭!!」


「はぐらかすことも、バラしても良いかってこともさ

どうしておいらに直接聞かないで、他の人に相談するんだよ!!」


あっ… ついに自分からバラしちまったよ。

松介に聞こえてない筈もなく、松介は唖然とした顔をしている。

言っちまったものは仕方ないか。こうなりゃ秀頴を説得するのが先だな。


「だからさ、そういう事は二人の時にゆっくり話たいからさぁ」

「ん… それはそうだけど、聞いてくれりゃ話は早いのにさ」

「ちゃんと答えてくれるのかい?」

「ん… どうしようかなぁ」


「ところでなぁ秀頴、あそこで俺達の間柄を知って驚いてる奴がいるけど

どうする? はっきりバラしちまっていいか?」


「いーよー」

駄目だ。完全に酔ってて、冷静な秀頴じゃなくなってるよ。


松介は驚いて俺達を見たまま動けなくなってる。

「隠してて悪い。そういうことなんだよ」


「あ、、いや、、あまり予想しなかったもんだから…。それに若様が

こんなに酔っ払ってるとこ初めて見たぜ」


「そうだろうな。人がいたらこんなことは、まず無いからな」


だんだんと眠気がさしたのか秀頴は俺の方にもたれかかってきた。


「しかし若様とねぇ… まだ信じられねぇよ」

「でもこんな姿の伊庭なんざ見れないでしょうに」


寝ぼけた秀頴が顔を起こして俺を見る。


「伊庭じゃないでしょ? 秀頴っ呼ぶ約束でしょ?」

「だからそれは人がいない時だけだろ」

「ん~ 宗さーん」

酔った秀頴は大胆で、松介がいるというのに俺の首に手を回して甘えてくる。

いつもの綺麗な顔が目の前に来る。


駄目だ。もう限界っ!!

松介がいるのを承知で秀頴に口付ける。

秀頴は安心した様に俺の胸の中で眠ってしまった。


「悪いな松介。そういうことなんだが… まだしばらく黙ってて

くれないか」

「そりゃかまわねぇけど、宗… お前そんなに心配しなくても大丈夫だぜ。

俺達はこんな若様を見たことがねぇ。それだけお前さんに気を許してるって

ことだろう?」

「ありがとうよ」

「ついでになぁ宗。お前も今まで見たこと無い様な穏やかな顔してるの

判ってるか?」

「いや、自分じゃ判らないけど違うらしいな」

「全然違うぜ、宗。お披露目も近そうだな」

松介と二人で笑いあった。

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