江戸026_おひろめ 壱

 色々なことがあって気がつくと肌寒い時期になっていた。

秀頴との仲も順調… といえば順調で何とか嫌われずにいるようだ。


時折、良い雰囲気になるとはぐらかされる事は変わらないが

それも毎回ではないから、余計に悩むところだ。


秀頴にとって、気持ちと肉欲は別ものなのか?

それとも他に理由があるのか…

俺は自分の欲望を抑えてから、秀頴に会うべきなのかと考えあぐねてしまう。


たぶんお互いに好きでいることは間違いないと思うが

『宗さんだけだから』とか『嫌いじゃない』とは言われた覚えがあっても

肝心な『好きだ』という言葉を、秀頴の口から聞いたことはない。


秀頴の気持ちを疑うつもりはないが、俺の想うほど秀頴に好かれて

いないかもしれないと思うと不安になってくる。


それとも俺が惚れすぎなのか?!病膏肓に入るとはこの事を言うんだろうな。

こんなに恋愛で頭を一杯にしている自分に笑ってしまう。


 今日は花街での仕事がないので置屋の帳場でのんびりしていた。

そこへあの松介がやってきた。


「おぅ宗の字。今日は大人しくしてるじゃねぇか」

「暇で困ってるさ。何か面白い話はないか?」


「面白いかどうかは知らねぇが、俺は宗の字の本気の相手に興味津々だね。

一体誰なのか教えちゃくれねぇかい?」


「まだ教えられない」

「何でだよ! そんなに隠し立てせずに仲間内だけでもお披露目しちまえば

お前に言い寄ってくる奴も減って、俺たちにも回ってくるし…」


「あははっ、目的はそっちかよ…」

「いやいやそれも多少はあるけど、この間の輪番の話みたいに断るにも

そういう相手がいるって判ってれば説得しやすいんだがねぇ…」

「俺だって大手を振って俺のもんだと言いたいんだが、自信がない…」


「自信がないって浮気でもするつもりかよ?」

「そうじゃなくて… 本当に惚れられてるのか自信が持てないんだ…」


「宗也にしちゃ珍しく弱気だねぇ。自信が持てない理由は何なんだい?」


「それなんだけどさ… ちょいと聞いて貰っていいかい?」

「おっ…どうした。宗もついに恋に悩むお年頃になったのかい?」

松介は楽しそうに俺の顔を覗き込む。


「好きに言ってろ!! でも本当にどうしたもんか考えちまって…」

「おや! 浮気じゃなくてもう別れるつもりかい?」


「そうじゃなくてだ!! いつも良い雰囲気になると はぐらかされちまうんだ。

それって嫌がられてるってことかねぇ?」


「宗のことだから、今までならはぐらかされても平気で自分の思う方向に

雰囲気もっていけたんじゃないのかい?」

「今までは、そう出来たんだけど。あいつを前にしたら無理強いしたく

なくてさ… 贅沢いや向こうから… その… なんだ」


松介が俺の肩に手を置いて呆れながら溜息をついた。

「宗… お前… 本気でそいつに惚れてるな」


「だろ。無理強いして嫌われることの方が辛いと思うんなんて初めてだよ。

今までならそんなこと考えもしなかったのにさ。

なあ松介、何か良い方法はないかねぇ」


「宗、お前さん肝心なこと忘れてないかい?」

「肝心なこと?」

「それ本人に当たったかい?」

「あ… 聞いてない」

「聞けよ!!」

「そこで嫌だって言われたらどうすんだよ!!」

「土下座して頼め!!」

「そこまでするもんなのか?」


「だからさ、土下座するしないじゃなくて、それだけ本気で欲しいって

気持ちを見せたかい?」

「いつも本気で言ってるつもりなんだが…」


「お前はその気でも、相手からみりゃ余裕で口説いてる様に

みえてるんじゃねぇのか?」


「余裕があるって言われた事はあるけど、俺が本気なのは判って

くれてる筈なんだけどなぁ…」


「お前、自分がわかってねぇな…教えてやるから出せ!」

「何を?!」

松介は呆れながら俺の肩を叩き、酒を飲むしぐさをした。


「あいあい、わかったよ」


 松介に話を聞いて貰うために帳場に酒を用意して、男二人の

宴会が始まった。


「なぁ松。俺ってそんなに信用ないのか?」

「まず聞くがな、その相手ってのはお前が浮舟だとか、遊び人だとかってぇ

噂を知ってるのかい?」

「あーー。知ってるも何も目の前で見てたぜ」


「おまっ… よくそれで信用して貰えたもんだねぇ」

「そりゃまぁ… なぁ…」


「遊んでる所も見てんなら、本気だと信じてても時々不安にさせたり

してねぇか?」


「出来るだけ、そうならない様にしてるつもりなんだが…」

「でなきゃ相手がそういうことに慣れてないとか?」


「あぁそれは考えられるかもしれねぇな」

「何だお前、素人娘に手を出したのか?」

「素人… 娘じゃねぇ」

「じゃこの街の女かい?」

「それも違う」

「あん? 他って… どういう奴なんだか見当もつかねぇや」


「慣れてないのが原因なら、ゆっくり口説くしかないだろうさ」

「そうか…」

「それともちょいと困らせてみてもいいんじゃねぇかな」

「困らせる?」


「息抜きに他に行ってもいいか…って聞いてみるとかなぁ」

「松、お前… そんなこと言って愛想つかされたらたら、どうしてくれんだよ」

「んなことぁ知らねぇな」

「まつぅぅぅ!! そんな無責任なこと言うなよぉ。俺はこんなに

真剣に悩んでるってぇのにさぁぁぁ」


「なぁ宗。いい加減吐いちまいなよ。相手はどんな女なんだい?」

「おんなぁ?!」

「おや、女じゃねぇのかい?」

「あぁぁぁ いやいやまぁその…」

まずい!!酔いも回ってきた。余計なことを言わないように気をつけなきゃ…。


「ほう、そっのくちかい。そういやお前さんは、伊豆のダンナもいたし…

他にも噂は聞いてるぜ」


「じゃま、とりあえずそういう話で」

「何終わらせてんだよ!!」


いきなり松介は俺の首を抱えて締め上げようとしていた。

やめろ!!と言おうとした時、帳場の入り口から声がした。


「宗さん、何してんの?」

冷ややかな声と視線に酔いが醒めていく。


「ひ、、ひでさと!! お前さん今日は来れないって…」

「時間が出来たから来たんだけど、俺が言わずに来たら困ることでも

あるっての?」

無表情のまま秀頴は置屋の中に入って来る。頭の上に『怒』の文字が

見えた気がした。


秀頴はゆっくり近づいてきて、松介を一瞥した。


「松介さんだったよね。ちょっとだけこの手を離して貰っていいかな?」

そう言って笑顔で松介の手を外し、俺の耳元で囁く。


「今、秀頴って言わずに『お前さん』って言ったでしょ?」

「あ… すまない…」

俺から離れた秀頴は松介と俺を交互に見て言う。


「別にいいけどさ、ここで何を話してたのか聞かせて貰おうじゃないか」


松介は秀頴の挑戦的な言葉に恐れながら答えた。


「き、、今日は、そ、宗の恋の悩みを聞いてやってたんだ。

それで宗が言う本気の相手を言わないから聞き出してたって訳だ」


「それで宗さんが首絞められてたって訳かい?」

「そ、、そういうことです」

松介は冷静で無表情の秀頴が恐いのか年下に敬語で話始めた。


「へぇ浮舟とまで言われた宗さんが、恋で悩むこともあるんだ。

そりゃ俺にも聞かせて貰いたいもんだね」


はぁ?! 秀頴… お前さん何言ってんだよ。

それ聞いてどうすんだよ!

俺は松介がうまくお茶を濁してくれる事を期待したが

やはり秀頴の勢いには勝てなかった様で、さっきまでの話を

秀頴に話始めた。


嗚呼ああ…。

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