江戸025_うじすじょう 参

 義兄の来訪のおかげで忘れ去ろうとしていた事が蘇る。

今ここに秀頴がいてくれる、それだけで救われる気がした。


秀頴は背中に抱きついたままじっとしている俺に声をかけてくる。

「ねぇ宗さん、どうして背中なのさ?」

「甘えたいから」

振り向いて俺の様子を見ようとする秀頴を押しとどめた。


「甘えるなら背中でなくて正面からでしょう?

後にいちゃせっかくの宗さんの羽織袴姿が見れやしないじゃないか…」


俺の様子がいつもと違う事を察してか、秀頴は少しばかりふざけた口調で

話しかけてくる。


「また情けない顔をしているから見られたくない…」

「ねぇ宗さん。聞いてもいい?」

「ん? 何を?」

「宗さんの家のこと。嫌なら話さなくていいけどさ、宗さんは

義理のお兄さんに気を遣って、家名を譲ろうとしてるんじゃないよね?」


「うん」

「さっきの話から推察すると、あの藩との間に色々あったって事だよね?」

「だな…」

「興味本位で聞くつもりはないけどさ、もし話して宗さんの心が楽になるなら

聞かせて貰えないものかな?

まぁおいらみたいなのが聞いても何にもなりゃしないけど…」


 普段の秀頴なら立ち入った事をわざわざ聞こうとはしない。

たぶん俺の心の闇の一端が、ここにあると感じて、俺の心に寄り添って

くれようとしているんだと思った。

義兄や姉に対しては言うつもりなぞ、さらさらないが秀頴になら

全てを吐き出せる様な気がした。


「ん… じゃあさぁ話すけど… 忘れたい記憶だから、全部を話せない

かもしれない…。

聞いてて嫌な話だと思うけど秀頴には知ってて欲しいんだ、

それが俺の根底にあるのは確かだから…。迷惑なら忘れてくれていい」


「迷惑なわけないでしょう?! おいらはこう見えても強いからね。

いくらでも宗さんを受け止められるよ」


「だよな。精神面では秀頴の方が年上みたいなもんだよな」

自分を振り返ってみると自嘲するしかなかった。


秀頴の背中に顔を預けたまま、俺は話始めた。



   ★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★



「俺はね、白河藩の屋敷に住んでたらしい。

でもその頃は小さすぎてそこが何処なのか全く判らなかったんだよ。


気がつくと俺はその屋敷の一室に軟禁されてたらしくてね、

自由に外には出られなかったし、食事も読み書きも与えられるものしか

許されなかったんだ。

その頃は自分に姉がいることも、親って存在がいることすら知らなかった。

 世話を見てくれる人が入れ替わり立ち代りやって来るんだけどね


「お前が沖田の名を継げると思うな」とか「生き恥を晒してる」とか

悪態をつかれたり、嫌がらせなんざ当たり前の毎日だったんだ。


 前も母親の事を話したけど、あれもさ「あれがお前の母だよ」って

そんな穏やかな状況ではなくて、俺の顔をその人に向けて

「ああなったのはお前のせいだ」とか「あれがお前の家系だ」とかね。

そんな言葉しか聞いてないから、あれが母かどうかも判らないんだよ。

ね、おかしな話だろう」

思い出してくると自嘲気味に笑うしかなかった。


「宗さん…大丈夫?!」


「ん、秀頴がいてくれるから大丈夫だよ。

俺にとっては家系のことよりも、あの時に受けた屈辱が未だに

頭からも体からも離れない。

それが故に思い出したくもないし語りたくも無かったんだけどね。

こうして少しずつでも話が出来るのは、秀頴のおかげだよ。ありがとう」


「そんなことはいいよ。でさぁ、いくつ位までその屋敷にいたの?」


「今の道場に来たのが九つくらいだから、その数年前くらいかな。

ある日突然さ、荷車を見せられて、それを引っ張って姉のところに

行くことになったんだよ。その時に初めて姉がいることを知ったんだ」


「荷車って…。そんな年端も行かない子供にさせることじゃないよね?」


「誰か大人がいたのかもしれない。後になって考えると

あれは父の遺骸が乗せられてたのかもしれないけど、

それももう定かではないんだ。


それにね、姉達は屋敷の外で暮らしていたみたいだから、

軟禁されてたのは俺だけなんだよ。それは俺が嫡男だからなのか

それとも姉達とは親が違うとか…。よくわからないけど…


 思うに、なさぬ仲の上に身分違いの恋の果てに出来た子かなと…。

そう考えてみると周囲の言ってた言葉がしっくりくるんだけどね」


「でも、実際にそんなことは、なかなか有り得ないよね?」


「だと思うんだけど、誰も教えてくれないから推察するしかないのさ。

もし家禄を継いだとしても、そんな連中と付き合うなんて

願い下げだと思わないかい。まぁあちらも歓迎しないだろうけどさ。

そんな経緯を姉は知らないから俺が家禄を狙ってないか戦々恐々としてるのさ」


「外に出てから、お姉さん達とは仲良くならなかったの?」


「どうだかねぇ、降って湧いた様な弟の面倒みてくれてたんだから、

それなりに情けをかけてくれてたんだろうけどね。俺は聞いちまったんだよ」


「何を?」


「一番上の姉、今日来てた義兄の嫁に当る人だけど…。

あの人が嫁に行く事が決まった時にさ、叔母と話をしていたのさ。

『あの子を連れて嫁に行くとなると連れ子がいると思われそうで

困ってる』ってね。


その話を聞いた数日後に今の周斎先生がやってきて、

剣術なんざやった事がない俺に棒っ切れ振らせてさ、『才能がある』って

言って急に内弟子に行くことになったんだよ。

それはどう考えても厄介払いでしかないでしょ?」


「あぁそうか… でも宗さんのことだから本当に才能を見出したのかも

しれないじゃないか」


「そう思いたいけどね、あまりに時期がぴったりだからな」

「そりゃそうか…」

「ただまぁ姉の立場に立てば、連れ子だと思われたくないと思うのは

判らないでもないけどね」


 俺の様子が落ち着いてきたのを見計らった様に秀頴はくりると向きを変え

正面から俺を抱きしめる。今度は胸に顔を埋め、そのまま体を預けた。


「宗さん、つかまえた!!」

「あぁ秀頴の腕の中はいいねぇ」


「話してくれてありがとう」

「こっちこそ…。すまない…」

「何で謝るのさ」


「だってなぁ… 俺ってこんなだからさ、親子の情とか判らないんだよ。

こないだ伊庭のダンナが亡くなった時も知り人がいなくなって淋しいと思うけど

秀頴の本当の悲しみとか判ってやれてないだろうなとか、

人から褒められたり、真っ直ぐに受け入れて貰ったことがないから

心底優しくして貰っても素直になれなかったりさ、

本当に厄介な奴だと思うんだ…。だから… ごめん…」


「だから謝らなくていいから。ね、宗さん」


秀頴の腕の中があまりに気持ちいいので、着物の前を開いて

素肌の胸に頬をくっつけてみる。


「な、、何してるの!宗さん!!」

「頬ずり」


「宗さん!!」

「駄目かい?」

上目使いで秀頴のご機嫌を伺う。


「もう…仕方な、、、 宗さん!! 今度は何!!」

「へっ?! ああ帯が邪魔だなと思って…」


ほどかなくていいから!!」

「じゃ秀頴が自分で解いてくれるのかい?」

「ん… それは…」


「無理しなくていいさ。今はこの胸に顔を埋めてるのが気持ちよくて

仕方ないんだ…」


顔を上げて、真っ直ぐ顔を見て告げる。


「秀頴、本当にありがとう」その腕の中は今までの誰の腕よりも

広く暖かく俺を包んでくれた。


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