江戸024_うじすじょう 弐
秀頴の元服も終わり、どんなものなのか話を聞いた。
よくわからないが器を顔の前に持ちあげ、前髪を剃られるらしい。
俺とは身分が違うから参考にはならないかもしれないが
こういう話はなかなか聞けないから貴重だ。
しかし、元服の話を聞いてから後、秀頴と連絡が取れない。
こっちから屋敷に出向く訳にもいかないし、本人からの連絡を待つか
伊豆を頼るしかない。
こんな時は本当に立場の違いを痛感する。
それに最近ずっと良い雰囲気になると、はぐらかされている事も
気になっていた。
嫌われたのか、それとも何か他に原因があるのか…。
判らないまま数日が経った。
何も出来ず苛立ちを覚え始めた頃、噂で伊庭の父が亡くなったと聞いた。
いつも座敷で会っていただけの俺でも動揺している。
父親を失った秀頴はどうしているのだろう…。
様子を聞きたくても俺にはあの家を訪問する術は無い。
こんな時に限って頼りの伊豆は多忙で花街に姿を見せない。
俺はただ待つしか出来なかった。
数日後、いきなり置屋に秀頴が現れた。
どうしていたのか心配で仕方なかったのだが、予想を裏切り
意外に元気そうな顔をしている。ただ普段より少し元気がない程度に見えた。
そんなに心配する事でもなかったのかと思って、いつもの座敷へ向かう。
だが座敷に入った途端、秀頴の表情が一変する。
それまでと違い、憔悴しきった顔と疲れからか顔色も冴えない事に気づいた。
どうやらさっきまでの元気は人前で見せる空元気だったらしい。
心配になって声を掛ける。
「秀穎…?」
「宗さん!!」
ぶつかる様に俺の腕の中に飛び込み、そのまま泣き崩れた。
「我慢してたんだな…」
「うん…」
「好きなだけ泣いていいから」
「宗さ、、ん、、、!!」
「ちゃんと気の済むまで側にいるから…」
「ん…」
秀頴は俺の胸にすがりついて、袖を強く握りしめる。
その手は小刻みに震えていた。
「親父には良いことを言われなかったし喧嘩ばかりで、父親なんざ
いなくていいって思ってたのにさ、いざいなくなったら違うんだよ!!
今までしてくれた事とか、さり気なく助けてくれてたりさ…
なのに礼も言わないうちに逝くなんて酷いよね!!」
「そうだな…」
秀頴の嘆きの深さに合わせて腕に力を込めて抱きしめる。
「もっと褒められる息子になってからでも良かったのにさ!」
「いやぁ前にも言ったけど、秀頴の親父さんはずっと自慢にしてたぜ」
「それは聞いたけど、でも面と向かって認めて欲しかったんだよ!」
「そうか… そうだな…」
★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★
ひとしきり泣いて収まってきた様子の秀頴を腕の中から離して
「少しは落ち着いたかぃ?」そう言って盃を差し出した。
「ん…」
秀頴は盃を持たず、口から盃を向かえにきた。
それに合わせて盃を傾ける。
俺の持つ盃の傾きに合わせて酒を飲み干していく。
これも秀頴なりの甘え方の様な気がした。
他所ではいつも冷静沈着で、この花街ですら氷の若様と言われている秀頴。
どんな時でも顔色ひとつ変えない上に、見場の良さも手伝って
冷たい印象が際立って人を寄せ付けない。
その秀頴が、こんなにも感情を露にしている所など、他の人には
見せないんだろうと思うと愛おしくてたまらない。
きっと心を開いた俺の前だけで見せてくれる顔なんだろうと…。
だからせめて一緒にいる今だけでも、楽でいて欲しい。
秀頴にとってそういう場所でありたいと願った。
秀頴が少しずつ元気を取り戻した頃、俺も元服した。
同時に今まで許しを得られなかった口伝の奥義も伝授して貰える事になった。
やっと周斎先生に認められた気がして嬉しかった。
落ち着かない日々が流れ、やっと秀頴とゆっくりと会えると喜んでいた時、
思わぬ人が花街を訪ねて来ることになった。
★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★
花街にいる時はいつも着流しているはずの俺が今日に限って
紋付袴姿で座敷に座っている。伊豆といる時ですらこんなことはない。
今日の客は姉ミツの夫、俺の義理の兄の林太郎さんだ。
俺の元服を機に沖田の家督について相談したいと言って来たのだ。
それは相談というよりも自分達の思う通りに話を進めたいから
俺の了解をとりつけたい、ただそれだけの事。
白河藩にある宙に浮いた沖田の身分。取るに足りない家禄。
そんなものに執着しても仕方ないだろうに。それが目当てらしい。
俺が譲らないと言わないか心配でたまらない姉夫婦。
あの藩と縁を切りたいと本気で思っている実の弟の本心も知らず、
なんとも滑稽な話だ。
最初からあの人達の思う答えしかないのだから、
相談も早々に終わらせるつもりで秀頴と約束をしていたのに、
思った以上に時間がかかってしまっている。
そろそろ秀頴が来る刻限だというのに義兄は話を終わらせてはくれない。
「本当に沖田の家は私達が引き継いで良いと?」
「先程から何度も申し上げている通り、私は白河藩とは関わりを
持ちたくないと思っております。私のことはお気になさらず
宜しい様にして下さい」
義兄は何度も同じ事を聞く。一筆書いたら納得してくれるのだろうか?
あぁ面倒くさい。そう思っていると不意に障子が開いた。
「宗さん、待たせたね!」
客は帰ったと思ったのか、いつの調子で秀頴が座敷に入ってきた。
その途端、座敷の雰囲気を察して表向きの感情を見せない伊庭の嫡男の
顔を見せた。ちょうどいい、この機会に義兄には帰って頂こう。
「ああ伊庭、来たのかい」笑って返答する。
いつもと違ういでたちに秀頴は少し困惑している様だった。
「宗さん、俺もう少し時間潰して来ようか?」と言う秀頴を
「いや、話はもう終わるから構わないよ」と引き止めた。
義兄は不思議そうな顔をしていたので、二人を紹介する。
俺が有名な伊庭道場の嫡男と仲が良いと聞いて義兄は驚いていた様だ。
その後、秀頴にはそのまま座敷にいて貰い、義兄と話を終らせ様として
口を開いた。
「本当に安心して下さい。後から返せとは申しません。ご心配なら
念書の1つも書きますから。後はお二人で藩と話をして下さい。
あぁそれと先方が言わない限り私の事には触れない方が良いと思いますよ」
不思議そうな顔をした義兄にたたみかける。
「姉は私とあの藩の間に起こったことを何一つ知りません。だから微々たる
家禄でも私が嫡男を主張するのではないかと心配なのでしょう。
けれど、私にとってあの場所は二度と関わりたく所なのです。
あちらにとっても私は厄介者ですから、相続を認めない筈です。
だからご安心下さいと、そう姉にお伝え下さい」
「宗次郎君… 何か大変な事でもあったのかい?」
「それについてはご勘弁を。…では私は友人との時間がありますので…」
これ以上時間をかけても同じ事、義兄には悪いが早々に帰って頂く様に
話を打ち切った。
義兄の及び腰の態度から察するに、姉に尻を叩かれて俺を説得しに
来たんだろう。そう思うと義兄にも申し訳ない気がした。
義兄を見送り座敷に戻った。そこにある秀頴の顔を見ると
一気に力が抜けた。
「はぁ… 疲れた」
そう言って秀頴の背中に顔を埋めた。
「すまない。変なとこ見せちまったな」
「そうかい? おいらは宗さんの違う一面が見れて楽しかったよ」
秀頴は穏やか笑っている様だ。
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