江戸022_りんばん 弐
松介だけならまだしも、秀頴にあそこまで言われて
答えなけりゃ後が恐い。開き直って本心を話すしかないようだ。
「いやさぁ、実は本気の相手が出来てだね…」
「はぁ? お前さんの口からそんな言葉が聞けるとは驚きだね」
「本当なんだって!」
「へえ、浮舟の宗也が本気?! 誰が信じるよ?!」
容赦なく松介が突っ込む。
「そうだぇなぁ信じらんねぇよな。でも本当に本気なんだって!!」
「じゃ身内にだけでもお披露目すりゃいいじゃねえか。
そうすりゃ皆が納得して協力してくれると思うんだけどねぇ?」
「お披露目か… 考えとく。その話はまた今度ゆっくりな。
とりあえずそっちの輪番は無しってことで頼むよ。もう片方は了解した」
「何だかお茶を濁された気分だが、若様もいることだし今日はこれで
退散してやるよ。またじっくり話を聞かせて貰うからな。
これお前の半纏持ってきてやったから何かあったら頼むぜ」
「おう。ありがとな」
松介は意外とあっさり帰ってくれたが、問題は秀頴だ…。
色気のある輪番のことも隠すつもりはなかったが、まさかこんな形で
知られる事になるとは思いもしなかった。
松介を送って、秀頴の方を振り向くと、この上ない極上の笑顔だ。
その笑顔が綺麗な分恐さがに滲み出ている気がする。
こういう時の秀頴は本気に恐い。
「で、宗さん輪番って何だったっけ?」
「だから喧嘩の仲裁をし…」
「そっちじゃないでしょ!! 判ってて話をはぐらかさない!!」
「はい。だから輪番はさっき松介から聞いた通りで…」
「それは聞いた。金輪際やらないってのは本当?」
「はい」
「なんで?」
「それもさっき言った通りで…」
「言った通りって…何?」
「本気の相手が出来たから断った」
「その本気の相手って誰さ?」
「へっ?! そんなの決まってるでしょ?」
「だから誰?!」
「判ってるだろうに…。それでも言わなきゃ駄目かい?」
「そんなの判んないよ。宗さんのことだもの他にも大事な人が
いるかもしれないじゃないか」
「秀頴…」
抱きしめようとした途端に逃げられた。
「そうやって誤魔化すの、なしだから!!」
「わかったよ。ちゃんと言うから…。俺は秀頴に本気に惚れてるから
したくないんだよ」
「おいらが怒るから?」
「怒られるより前に、俺が嫌なんだよ。それに余計なことで
不安にさせたくないし」
「ふーん。一応そう思ってくれてるんだ」
「やってきた事は今更消せないけど、これから先は変えられると
思ってるんだけど。もう手遅れかい?」
「そんな事はないけどさ、未練はないの?」
「未練?」
「役得な仕事とか、これまでの女とかさ」
「未練もなにも、あいつらには悪いけど最初から何の感情もねぇし」
「本当だね?」
「ああ!」
何となく居場所がなくて輪番で使う半纏を持ち上げた途端
秀頴が大きな声で叫んだ。
「あーーっ!! その半纏!!」
「ん? これがどうした?」
「それって宗さんの?」
「あぁこの丈の長い半纏は俺だけしか持ってねぇよ」
半纏といっても輪番の時に使うのは火消し半纏で
その中でも長いものを使わせて貰っている。
火消しの連中のご機嫌を損ねない様に話を通してから作ったものだ。
えらく興味を持った秀頴に背中の部分を見せる。
そこには大きな登り竜の刺繍が入っていて、それが特に気に入っている。
「どうだい? この竜。いい顔してるだろ?」
「そうそう!! 確かこの竜の柄だよ!!」
秀頴は何かを思い出しているようで、俺の話と微妙に食い違っている。
「この竜がどうした?」
「以前ね、ここに来始めた頃、道に迷ったことがあってさ」
道に迷うのは今に始まったことじゃなかったのか…
「うん、それで」
「その時に見たんだ!!」
ついさっきまでの怒りもどこへやらで秀頴は半纏を見ながら
瞳を輝かしている。
「で、一体何を見たんだい?」
「それがさ、ちょいと暗い場所だったんだけど…」
★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★
道に迷って困っていると少し遠くの茂みの向こうから声がした。
「困ったなぁ… 」
若い男が酔っ払いに絡まれてる様子に息を殺す。
剣術の稽古はしていても、実践してる場面に出くわす事は稀だ。
絡んでいる男は酒のせいで呂律が回らず何を言ってるのか判らない。
ただ喧嘩腰でその男に悪態をついている様だった。
「野暮な人だねぇ。そんなだから女に好かれやしねぇんだぜ」
そう言われ、酔っ払った男は若い男につかみかかろうとしていた。
若い男は刀を下段に構えゆっくりと上方向に動かした。
その切っ先の閃光が綺麗な弧を描く。
その煌きにゾクリとした恐さと美しさを感じた。
剣の使い手は沢山みてきたけど美しいと思ったのはこの時が初めてだった。
気がつくと酔っ払った男をかついで、若い男は去って行った。
丈の長い火消し半纏と昇り竜がおいらの頭から離れなかった。
★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★
秀頴はその時の話を聞かせてくれた。目は輝いたまま続ける。
「それでさ、この間宗さんの剣筋を見せて貰った時に似てるなって思ってさ、
それで下段から上に流してってお願いしたんよ」
「あぁそれでか… やっと合点がいったよ」
「あの時にも確信してたんだけど、この半纏が宗さんのなら間違いない!!
やっぱりあれは宗さんだったんだね!!」
秀頴はずっと探してた人を見つけた様に喜び、憧れの人を見る様な瞳で
まじまじと俺を見ていた。
「また、えらい所を見られてたもんだね。気がつかなかったよ」
「それでさぁ、その頃の俺は体も強くなくて剣術をするより
本を読んだり三味線を習ってたり違うことをしてる方が楽しかったんだけど
あの剣筋を見て真面目に剣術をしようって思ったんだよ!!」
「ほぅ… 俺の剣でも役に立つことがあるもんだぁねぇ」
「だってさぁ親父に褒めて貰った試しはないしさ…
おいらには才能がないなと思ってた、、いや今も思ってるけどさ」
「えっ? 伊庭のダンナはいつもお前さんのこと自慢してたぜ」
「宗さん?!」
「ん??」
「お前さんって言わない約束でしょ?」
「あぁすまない。伊庭のダンナはいつも秀頴のこと自慢してたぜ」
「あの親父が?!」
「あぁ『俺に似て剣の才能はたぐい稀なものがある』とか『十代目を継げるのは
八郎しかいない』とかさ…」
「えーーっ!! おいらの前じゃそんなこと絶対言わないよ!!」
「いやいや、『親の欲目を差し引いても秀頴は十代目を継げる』とか、
本当にいつも自慢してたぜ」
「なんだか信じられないなぁ…」
「確かに『俺に似て美丈夫だから』ってのは丸っきり嘘だったけどな」
「何それ?!」
「秀頴を連れて来る前に言ってたのさ。俺に手を出すなとも言ったけど
伊庭のダンナに似てちゃ手を出す気にもならねぇって、なぁ!!」
二人で顔を見合わせて笑う。
「宗さんと親父なんて勘弁だよ」秀頴は苦笑した。
「そういや秀頴の親父さんに手は出さないって約束してたんだけど
破っちまったな」
「へぇそんな約束もしてたんだ…」
「今度会う時はどんな顔したらいいか… 気まずいよなぁ…」
「そんなこと大丈夫だよ。あ… そうだ今度おいらの家にも来てよ。
見せたいものもあるし…」
「見せたいもの?」
「うん、三味線もあるし」
「三味線?」
「そう。さっきも言ったけど習ってた時期があるから」
「ほぅそりゃまぁ楽しみだね」
今度は俺が秀頴の家に招かれることなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます