江戸021_りんばん 壱

 夏を前に輪番りんばんが回ってきた。

花街では客の憂さをはらす為に酒や歌舞音曲を愉しみ

粋に遊んで帰るのがならわしだ。


「粋」を心情にしている江戸っ子でも、いざこざってのは起きる。

酒も入っているから、ややもすると物騒なものをチラつかせる奴もいる。

刃傷沙汰にんじょうざたにならない様に、喧嘩の仲裁をすることも大事な仕事の1つだ。


この街でいざこざを無くす為に腕に覚えのある者が交代で事を収めてきた。

街の連中はそれを「輪番」と呼んでいた。


 街の安全を守るなんて言えば格好いいのかもしれないが

こいつがクセもので、どんな時でも出ていかなきゃならない。

そう… それが大事な人との逢瀬の途中でも…。


それまでの俺なら平気で出て行けたんだが、

今になって皆が渋々出て行く気持ちが判ってきた。


先に秀頴に説明しておかないと、また「宗さんそこに座って!!」って

お説教されるんだろうな。怒られてる自分の姿を想像して笑ってしまう。


「宗さん、何を思い出して笑ってるのさ?」

「いや、大したことじゃないんだが、今からちょいと言っておかなきゃ

ならないことがあって…」


これから輪番の話をしようとしていた矢先に廊下から声がする。

「おぅ宗の字。入っていいか? 今日から輪番だから半纏持って来たんだが…」


秀頴に目配せして了解を得て、外に声をかける。

「あぁ松介まつすけかい。入りな」


松介は見慣れない秀頴に驚いた様子で

「これは、これは伊庭の若様じゃないかよ。宗の字、お前の友人かぇ?」

そういうと秀頴に軽く会釈をして、俺の方に顔を向けた。

「あぁまあそんなところだ。もう輪番か、早いなぁ」

「そうだな、まあちょいと面倒だが仕方ねぇよな」


輪番の話をしていると秀頴は不思議そうな顔で聞いてきた。

「宗さん、輪番って何?」


秀頴に輪番の説明をしてる横で松介がニヤニヤ笑っている。


「そういや、もう1つの輪番は断ってるって聞いたんだが、本当かい?」

「ああ、あれはもう金輪際こんりんざいしねぇから、他の連中で回しておくれな」


「それなんだけどよ、今回お前を指名した舞妓がいるんだが、どうするよ?」

「いや、、それは困る。もう本当に回さないでくれって!!」


松介の舞妓の言葉にすかさず秀頴が松介に訊ねる。

「松介さんとやら。そのもう1つの輪番ってのは何なんだい?」


「さすがに若様はご存知ないやねぇ。1つは剛の輪番だがもう1つは

色気のある輪番で…」

「うわっ松介やめろ!! 伊庭には刺激が強すぎる!!」


この輪番のことを知ったらいつもの説教ですまなくなる!!

松介に口止めす暇もなく秀頴は話を聞き出そうとしていた。


「色気のある輪番と聞いちゃ捨て置けないじゃないか、ねぇ宗さん」

にっこり笑って俺を見ているが目の奥が笑ってない。


松介は秀頴の言葉を興味があると踏んで話を続ける。

「この街には沢山の舞妓や芸妓がいるんだが、舞妓が芸妓に上がる時に

男も知らないようじゃ困るんで、そいつを女にする役目さね」


「へえ、、この街にいるとそんな役得もあるんだ」


「そうなんだよ! 宗の字なんざ女からの指名が多いから輪番関係なく

あちこちから声がかかってたのによ、つい先日から金輪際やらねえって

言い出してさ、勿体ねぇと思わねぇかい?」


「本当だよね。断らないで女に囲まれてりゃいいのに」

友達のふりをして秀頴は俺に突っ込んでくる。恐々話に加わる。


「でも輪番は期限付きだから、数日で終わる関係だからな」


逃げ口上のつもりで言った言葉に松介が乗っかる。


「だけど期限付きとはいえ、そいつの最初の男になるんだぜ。

まして宗の字なんざ女の方からご指名ってことは、向こうから

抱いてくれって言われてるってことだぜ! それを断る奴の気が知れねぇや」


「だから、俺はもうそっちの輪番は降りたから。今の話も全部断って

いつもの様に順番でやってくれよ。喧嘩の方の輪番なら続けるからさ」


きっぱりと断って逃げ切ろうとしているのに、松介は続ける…


「なぁ宗の字。その降りた理由ってのを聞かせてくれねぇかな。でなきゃ

あちこちで聞かれても言い訳もできゃしないだろう」


「いやだから… それは…」

秀頴の前であまり多くを話すと墓穴を掘りそうなので口を濁していると…


「宗さん。何で断るのさ? 男なら嬉しいと思うことなんじゃないの?

断るにしても、きちんと理由を言わなきゃ松介さんも困るし

宗さんを指名した女の人だって、宗さんが好きで指名してるんだろう?

だったら、それ相当の理由がないと納得できないんじゃない?」


ハッキリした問い詰める様な秀頴の口調に怒りがにじみ出ている。

もちろん目は笑っていない…。

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