江戸019_もてなす 四
その後、道場の奥の部屋にいた永倉さんと山南さんを紹介した。
秀頴の素性を聞くと皆驚いた顔をしていたが、あの伊庭道場の跡取りという
よりも、俺の友人として受け入れてくれたことが嬉しかった。
「あと何人かいるけど、また来た時に紹介するよ」
言っていた矢先、秀頴が廊下の角で誰かとぶつかった。
「あれっ? 見かけないね」
「おう、いっちゃん!! 俺の友人の伊庭」
「伊庭?! ってあの伊庭道場の?」
「そうそう」
「こりゃまた、相変わらず顔が広いことで」
いっちゃんは軽く笑いながらそう返してきた。
「あぁ伊庭、紹介するよ。こちは斉藤一。俺はいっちゃんって呼んでる。
年が近くて俺と二歳違いだっけ?」
「そうかな。確かそうだね」
「ってことは伊庭と同じくらいかな」
「そうか… あぁ宗、今日さ良さげな鍔を見つけたから、また後で」
「おお、また良いのが見つかったかい? そりゃ楽しみだな」
「じゃ、後で」
やっと皆の紹介を終えて部屋に戻った。
「秀頴、そこに転がってる本の中から探しててくれよ。何か食い物
持ってくるからさ」
「賄いの人に悪いからいいのに」
「ここの賄いって誰か知ってる?」
「見たところ男所帯だし、誰かいるんじゃないの?」
「ここにいるよ」自分を指差す。
「えっ?! 宗さんが賄いをしてるの?」
「いつもじゃないけどね。今日は秀頴が来るから頑張ったんだけどな」
「それなら食べない訳にいかないね!!」
「じゃ用意してくるから、本探しててくれるかい」
「ん、楽しみにしてるよ」
★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★
用意した昼餉を食べながら秀頴は美味しいを連発してくれた。
「お口に合って嬉しゅうございます」
などと軽口を叩きながら、楽しい時を過ごしていた。
不意に秀頴が言う。
「ねぇ宗さん。さっきの話だけど本当に田楽は嫌いだったの?」
「あぁすまない… あれだけは駄目なんだ。でも連れて行って貰った
あの店だけは美味しいと思ったんだ」
「本当に?」
「本当に!!」
「じゃまた田楽を食べに行く?」
「ん、、それは…」
「そんな無理しなくていいってば」
秀頴はくすくす笑い出した。
「困り顔の宗さんって可愛いよね!」
と言って笑っている秀頴の表情の方が可愛いと思ったので
「そんなこと言うやつは、おしおきだぞー!!」
そう言いながら、思わず勢いで押し倒した。
ところが座敷と違って俺の部屋には雑多に物があって
気がつくと山積みの本が倒れそうになっていた。
二人で
「うわあーーーーっ!!」と大声で叫んでいたら襖が開いた。
「おい宗次郎、
そう言って来たのは歳さんだった。
「歳さん来てたんだ。この時間にいるってことはこれから色町かい?」
「けっ!!お前みたいなガキに言われたくないね!」
「あぁそうですかーーだ」
「ところで、そのお前さんの横にいるのは誰だ?」
「俺の友達の伊庭」
「伊庭? あの道場に関係ありか」
「うん。その道場の跡取りの伊庭」
「伊庭、こちらは今から色町に行こうとしてる土方さん。俺は歳さんって
呼んでるけどね」
「年下の癖に気安く呼ぶなっていってんだろ!!」
「こんなに無愛想で強面なのに、女には人気があるらしいぜ」
「こら宗次郎!!」
笑いながら部屋の中を走って逃げる。最初は追いかけてきた歳さんだが
面倒くさくなったらしく、呆れ顔で俺の動きを見て言った。
「ガキの相手なんざしてらんねぇやな。伊庭さんとやら、こいつの
子守を頼んだよ」
そう捨て台詞を残して歳さんは部屋を出て行った。
「たまにしか来ない人に言われたかないね!」
「宗さん… 今の人嫌いなの?」
「いやそんなことはないよ。ただいつも子ども扱いするからさ」
「さっきね周斎さんから、宗さんは短気だって聞いて信じられなかったけど
今ので何となく判ったような気がする」
もしかして… 今ので本性がバレて嫌われた気がして心配になる。
そうなると言葉も出てこない…
「そうか… 」
「どうしたの宗さん?」
「あ、いや…」
「今日はいつもとは違う宗さんを見れて嬉しいよ」
「そうかい」
そう言われても沈んだ気持ちは簡単には浮き上がらない。
「どうしたの? 宗さん変だよ?」
「いや、嫌われたのかなって…」
「おいらがそんなに簡単に宗さんを嫌うと思う?」
「判らねぇぜ。そんな事もあるかもしれないじゃないか」
「じゃあ、宗さんがおいらの立場だったら知らない一面を見て嫌いになる?」
「ならないね。反対に嬉しくな…」
「それだよ! おいらも同じなんだから!」
「そうかぃ?」
「何?! おいらを疑ってるの?」
「そうじゃないけどさ…」
「じゃ何?!」
「俺が短気でも平気?」
「ん、大丈夫だよ」
秀頴に手を伸ばそうとした瞬間
「ああーーっ!! 宗さん! あのさ、おいら宗さんの剣術が見たいんだった!!
今日はそれも楽しみにしてたの忘れてたっ!!」
相変わらず、良い雰囲気をぶち壊す秀頴に苦笑するしかなかった。
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