江戸018_もてなす 参
茶を持って部屋に入ろうと襖に手をかけた所で
先生の話し声と高らかな笑い声が聞こえた。
「で、先生。俺の何を見てみたいんですか?」
襖を開けながら問いかける。普通の人なら驚くところだろうが
周斎先生は気配を感じていたらしく驚きもしない。
その上しれっと悪びれもせず
「お前の本心から謝るところを見せて欲しいもんじゃな」
そう言ってまた笑い始める。
「俺って謝らない奴でしたか?」
「さぁどうじゃろうのぉ。ただうちの道場には人に慣れない野良犬が
おってな、昔は手のつけられん暴れ犬だった事は知っておるがのぉ」
どうやらその『暴れん坊の野良犬』は俺のことらしいが
そこは知らん顔して返答することにした。
「困った犬がいたもんですね」
「そうじゃな。八郎さんも噛まれない様に気をつけておくれよ」
「あ、は、、はい」
秀頴は話の意味をつかめていないでいる様だ。
「でもあの犬は、八郎さんには噛まない様に躾けてあるらしいな」
そう言ってまた1人で笑い始めた。
★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★
周斎先生と秀頴は各々が知る俺の性格の違いを見つけて楽しんでいる。
そんな器用に振舞っているつもりはないけど、かなり違う様だ。
二人で楽しそうにしてるのが面白くないので、部屋に戻ろう立ち上った時に
周斎先生が秀頴に向かって話しかけた。
「もう少しすると夏祭りがあるでなぁ案内して貰ってはどうかね」
「夏祭り?! いいですね。でも俺は行ったことないんです」
「色々な屋台や見世物小屋やら沢山あるし、なぁ宗次郎連れてって
差し上げてはどうかね?」
「あぁいいですね。祭りの雰囲気も味わえますしね」
「ねえねぇ、宗さん。田楽もあるんだよね?」
「田楽?? あの串に刺さって味噌が乗ってる、あれかい?」
「そうそう! 前に宗さんとも田楽のお店行ったでしょ?ああいう店も良いけど
お祭りで食べる田楽って美味しそうじゃない? 楽しみだなぁ」
驚いた顔で周斎先生は俺を見た。
「八郎さんや、こいつが田楽を食べたのかい?」
「はい!! 前に田楽の美味しいお店に行って、宗さんも美味しそうに
食べてましたよ」
「宗次郎… お前確か…田楽は嫌いだったんじゃなかったかのぉ?」
「…」
以前、秀頴が美味しい店を見つけたと行って連れて行かれたのが
田楽専門の店だった。
俺は田楽が大の苦手だけど、嬉しそうに俺の手を引っ張って
連れてきてくれた秀頴の前では、田楽が嫌いだと言えず、
言われるままに食べたことがあった。
でもこの時に食べた田楽は今まで思っていたそれよりも
はるかに美味しく感じた。それは惚れた弱みだったのか
その後、何度か食べてみたが、やはり田楽は好きになれなかった。
「えっ?! 宗さん田楽が嫌いだったの?」
何となく、ばつが悪くて秀頴の手を取ってそそくさと先生の部屋を出た。
「もう!! 宗さん言ってくれれば…」
さっきまで誰もいなかった廊下に、いつもの連中が座っていた。
「おう! 宗次郎いたのか」
「いたよ。あ、昼なら出来てるから好きに食べてて」
横から秀頴が袖を引っ張りながら言う。
「紹介してくれる?」
自分が知っているものは秀頴も知ってるつもりでいたことに気づいた。
ふと気づくと秀頴と違う人が俺の袖を引っ張って
「紹介してくれる?」と秀頴の真似をした。
「左之さん!! 客人の前で悪ふざけは止めてくれよ」
「さのさん?」
「あ、じゃ紹介するよ。この人は原田左之助さん。俺はいつも
呼んでるけどね。見た目は男前なんだけどね…
あぁついでだから、ここに転がってる連中まとめて紹介するよ」
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