江戸017_もてなす 弐 

数日後、いざ秀頴をうちに迎える日になると今度は俺がソワソワしていた。

自室に人を招く事がこんなに照れくさいものだと初めて知った。

いつも道場にいる連中が部屋を見てもなんとも思わないが

秀頴が来ると思うと平常心が保てない。


 ええっと… 部屋は片付けたと。あとは本… 有りすぎてわからん…。

来て探して貰うしかないか…。山積みの本を見てうんざりだ。

適当な性格は隠しようがないから諦めた。


今更部屋が片付いてないからといって嫌われる事もないだろうと

大まかな片付けだけして秀頴を迎えに行った。


 秀頴連れて表の道場から入っていくと中庭で周斎先生が

庭いじりをしている。


「ただいま帰りました」

「ほぅおかえり。お前が友達を連れてくるとは珍しいのぉ」

穏やかだが含みのある笑顔で俺達を迎えてくれた。


「宗さん、あの方は…」

「あぁ剣術の師匠だ。後で挨拶に行くから今はいいよ」


そう言って今度は先生に向けて

「先生、後で部屋へ挨拶に行っていいですか?」

「ほぅ儂に紹介してくれるのか。楽しみじゃなぁ」


何か言いたげな師匠の表情が気になったが、まずは秀頴を部屋へと

連れて行った。

中庭に沿った廊下の一番奥。少し薄暗くなった辺りに俺の部屋がある。


家に着いてからずっと秀頴はまるで物見遊山に来たみたいに

キョロキョロと屋敷中を伺っている。


「そんなに珍しいかぇ?」


そう聞くと驚いたように言う。


「そ、そうじゃなくて、友人の家に行くなんて初めてで…

それに、宗さんが此処で寝起きしてると思うと、、つい、、ねっ」


『ねっ』とか言いながら、笑顔を向けられる。

この表情を見ると俺も笑顔になる。少し前の俺には考えられなかった事だ。


「ほら、ここだよ。どうぞ」

自室の襖を開けて招き入れる。部屋に入って貰うだけでドキドキする。

今さら隠すことなどないはずなのになぁ…。


「うわぁ!! すごい!! 本だらけじゃないか!!」

「一杯あり過ぎてなぁ…。この間言ってた本がどこか判らなくて…。

悪いんだけど、その中から探してくれないかなぁ」


「これだけあれば、他にも良いのがありそうじゃない?」

「ゆっくりみたらいい… 先に挨拶だけ行くかい?」

「あっそうだね。宗さんの世話になった先生なんだよね?」

「うん、そうだよ」


二人で先生の部屋へ向かった。


 慣れ親しんだ師匠の部屋とはいえ、今日は秀頴を連れているので

いつもと違う緊張感があった。


「先生、失礼します」

「おぉ入れ!!」


年齢よりも若く見える風貌と、張りのある声。

今日の先生は楽しそうな上に何かしら、いたずらを思いついた様な

表情をしている。


秀頴と共に先生の前に座り、簡単な挨拶を終え雑談が始まった。


「なぁ宗次郎、お前さんがこの青年と仲良くなったのは

ここ1,2年じゃろう?」

「あ、それくらいかな…」


「それでもっと親しく付き合う様になったのは、先の夏か秋くらいかのぉ?」

「親しくって…」


何も知らないはずの先生に、俺達の付き合いの頃合を言い当てられて

二人で顔を見合わせて困惑していた。


その姿をみて、先生は嬉しそうに笑う。


「そうか! そうか!!」

1人で納得しながら、先生は笑い続ける。


「どうしたんですか? 先生?」

「宗次郎、お前さんの性格が段々と柔らかくなったのは、この青年の

お陰だな?」


突然の話に驚きを隠せない。


「えっ?! 俺そんなに変わりましたか?」

「あぁそりゃもう天地が引っくり返るほど変わっとるわい」


先生は高笑いして俺達の様子を見ている。


「そのことだがな、儂の前では隠さずともよい。他の連中は知らんが

細々したことよりも、お前さんが人として成長してくれたことが

何よりも嬉しいのだよ」


次に先生は真面目な面持ちで秀頴に向かって言った。

「伊庭さんとやら。宗次郎が世話になっとる様だが、こんな奴でも

これからも仲良くしてやって貰えないかのぉ」


「は、、こちらこそ宜しくお願い致します!!」

と言いながら頭を下げる。


「あぁ儂の前では気楽にしておれば良い。近所のご隠居と思って

かまわん。なにしろ宗次郎の大事な恩人だからのぉ」


「い、いえ俺の方こそ宗さんに色々教えて貰ってます」

「そうか、でもこいつが教えるのは艶事ばかりかもしれんがの」

「せ、、先生っ!!」


先生には全てお見通しの様で反論の余地がない。

照れて困っている秀頴と、焦る俺の二人の表情が先生を楽しませている様だ。



「客人に茶のひとつも出さないとは失礼な話よなぁ。宗次郎、悪いが

茶を出してくれんか」

「あ、はい。それと昼餉(ひるげ)の用意もしましょうか?」


「もうそんな時間か。だが昼はまだ良い。まずは茶を頼む」

「はい」


茶の用意をしようと立ち上がると、先生は嬉しそうに笑った。

その笑顔には先生の企みがあったのを後になって秀頴から聞かされた。



   ★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★



宗さんが部屋を出たのを確認して、周斎先生はおいらに向かって

にっこり笑って話しかけてきた。


「ところで伊庭殿… あぁどう呼んだらよいかのぉ… ん…」

「気楽に八郎と呼んで下さい」

「そうか。すまぬな。儂のことも周斎でかまわぬ。儂は八郎殿の師匠でも

先生でもないからのぉ」

「あ… 八郎殿でなくて八郎さんでも呼び捨てでも結構ですよ?」

「それじゃお言葉に甘えて、身内の様な呼び方をさせて貰うとしようか…」


「早速だが、最近の奴は短気を起こすことはないかね?」

「短気?! 宗さんがですか?」

「おや… お前さんの前では短気ではないかね?」

「俺といる時は優しいですが、違うんですか?」


そう言うと周斎先生は大笑いしだした。


「俺また変なこと言いましたか?」

「いやいや、そうじゃなくてな。あの宗次郎が短気じゃなくて優しいなんざ

道場の連中が聞いたら驚くだろうと思うてなぁ」


「いえ、本当に俺の前ではそんなことないです。俺の方が宗さんを

怒ってることが多いかもしれません」


「あいつを怒る?! ちゃんと謝っておるのか?」

「はい。ちゃんと正座して話を聞いて謝ってくれますよ」


「謝る?! あの宗次郎が正座して謝る?! 見てみたいもんじゃのぉ」


周斎さんの笑い声がさらに大きくなる。


ここに居る時の宗さんは、おいらの知る宗さんとは違う様だ。


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