江戸015_もうしおくる 五

宗さん、何度もこっち見てる。気にしてるんだろうな。

伊豆守様が言った限りは俺からこっちに座りなよって言う訳にもいかないし。


それにさ、俺は宗さんと違って伊豆守様と二人で話をするつもりはなかったから

さっきから緊張してばっかりじゃないか。


秀頴は呼び出されたものの、宗也が間に入ると考えていたので

この展開には困り果てていた。その空気を察して伊豆守様が口を開く。


「で、お前さんはあの件についてどう思う?」

「あの件と申しますと?」

「後で三味弾いてるアレだよアレ」

伊豆守様は宗さんの様子を伺いながら含み笑いをしている。


どうも「あの件」というのは宗さんのことらしい。


「あぁあの件でございますか」合点がいったところで話を合わせる。

「お前さんは、あの件は気に入ってるかい?」

「はい。とても」

「これは…はっきりした意見だな」

「左様で」


直接、宗さんが好きかと聞かれると答えにくいが、こういう風に

例え話にして貰うと思ったことが率直に言えることに気づいた。

こういうことに慣れてる伊豆守様らしい、ものの例え方だね。

これなら本人が側にいても照れることなく言えそうだし助かったよ。



「昔の出来事も本人から聞いたか?」

「大体の話だけは聞いております… それと母親の話を少しだけ…」

「母親?!」

「はい」

「儂にも言わなかった事を、お前さんには言ったようだな」

「そうなのですか?!」

「ふむ。昔の事はまだ心に傷が残ってる様で多くを言わない。

それがお前さんには母親の事まで言うとなれば、お前さんにかなり

傾倒しておるようじゃな」

伊豆守様は嬉しそうに目を細めて笑っている。


その後も、宗さんの事について俺がどう思って接しているのか

あれこれと聞かれた。これじゃあまるで宗さんを題材にした禅問答の様だ。


「最後に聞きたいのだが…」

伊豆守様の声がひときわ大きく真剣な声色になった。

その雰囲気に背筋を伸ばして居住まいを正して向き合う。

「はい。なんでございましょう?」

「奴の内なるは剛とみるか柔とみるか?」


その質問の内容って…

宗さんが精神的に強いか弱いか、俺がどう思ってるかを聞いてるって事だね。


「護るものあらば剛、己だけなら柔。但し此の柔は柔軟の意も含む広がり有。

此の両面あって人と成す。また愛しき也」


守りたい事や人があれば強いけど、自分1人の問題の時は弱い部分もあるけど

その柔らかさが人を許す、許容範囲の広さになっているから、

強さも弱さもあるから、人間らしくて好きなんですよね。


って意味で返答して伊豆守様の反応をみる。

正解を求めている訳ではないが、これが俺が知ってる宗さんだから

間違えてはいないはず…。


 その答えを聞いた伊豆守様は嬉しそうに笑った。


「そうか、そこまで判っているなら、宗次郎を預けても大丈夫だな」

「有難うございます」


「儂から頼みがあるんだが、聞いてくれるか…」

「はい、何でございましょうか?」


何を言われるんだろう? 宗さんを時々貸してくれなんて言わないよね?


「そんなに恐れることはない。頼みと言ってもこれは儂の独り言の様な

ものだから。


此処に来た頃の奴は良い資質がありながら、それを活かせずに

苛立っていてなぁ、それを見ているのがもどかしくて、奴が必要とするものを

与え助けることにしたのだよ。


ただただ奴の成長を願い、親鳥が雛を育てる様に今まで面倒を見てきた。

長じて奴は儂の思う以上に立派に育ったのだが、心は欠けたままだった。

お前さんに会うまではな…


奴はそんなことは思ってはないだろうが、儂にとっての奴というのは

ずっと腕の中で大事に育てた宝なのだよ。


お前さんに出会って、本当に変わっていったのが嬉しい反面、

儂の影響ではないのが口惜しいと思ったのもある。


それでも奴が大切にしているものを儂も大切にしてやりたいと思う。

先にも聞いたが奴は強そうに見えて、脆いところがある。

心が折れかけていても、強がって人に見せない。


それが心配でならないのだが、お前さんはその部分も理解しておる様で

安心した。だから何があっても奴の心を守ってやってくれ。頼んだよ」


伊豆守様が俺に向かって頭を下げる。

滅相も無い事態に慌てふためいて思わず宗さんを呼んでいた。


「そ、、宗さん!!」

三味線を弾いていた宗さんの手が止まってこっちを見た。


「あ、、どうした?」

宗さんも驚いたまま、こっちを見ていた。


頭を上げた伊豆守様は何食わぬ顔で立ち上がって、宗さんのいる出口に

向かって行った。


「あぁ宗次郎。話は終わった。帰る」

そう言うと、見送りに立った宗さんの肩を軽く叩きながら

耳元で何か言って去って行った。



   ★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★



伊豆の話は終わったのかもしれないが、俺はずっと蚊帳の外で

何の話をしてるのか判らず、一言の説明もなく帰るたぁどういう事だよ!!


帰ろうとする伊豆を見送りがてら話を聞こうと立った途端に

耳元で囁く様に言われた。


「宗次郎、良い相手を見つけたな。幸せにな」


そして今日の座敷はこのまま朝まで使えると言い残して帰って行った。



思いがけない伊豆の言葉に顔が赤くなっているのを秀頴に見咎められた。

「宗さん、何赤くなってんの? 何か言われた?!」


おいおい… ついさっきまで蚊帳の外だったんだぞ。

何言われたか聞きたいのは俺の方だよ!!


「そういう秀頴こそ、何話してたんだよ?! どうせ俺の悪口だろ?」

「そんな事ないってば。伊豆守様は宗さんの事を褒めてたよ」


でも、さっきの伊豆守様と俺との話は宗さんには内緒だな。


「褒めるって… そりゃおかしくないか?」

「だからさ、宗さんは伊豆守様に大事にされてたんだよね。だから俺が

宗さんに見合うのか諮りたかったんだと思うよ」

「諮るも何も、俺達のことだろうに…」


「そんな事より、帰り際に伊豆守様に何言われたのさ?」


秀頴との事を祝福されたなんて照れるから…

無防備に近寄って来る秀頴の腕を掴んで、そのままの勢いで抱きしめる。

いきなりの展開に驚て身動き出来ないままの秀頴に

ゆっくりと顔を近づけ、ゆるりと笑いながら

「今日のこの座敷は、このまま朝まで使っていいってさ」


じらしながら顎に手をかけて問う。

「で、どうする?秀頴」

「えっ… どうするって…」

「このまま帰るかぇ?」

困っている秀頴の唇をゆっくりと味わいながら、理性を奪ってゆく。

「そ、、う、、さん…」

「是非もねぇ。俺が帰すと思うかぇ?」

秀頴はいつもの様に上機嫌でくすくす笑っている。

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