江戸014_もうしおくる 四

 今日は久々に伊豆の座敷に呼ばれた。客人はなく二人きりだった。

秀頴との約束もあるし話をするには好都合だ。

こちらから話を切り出そうとした時だった。


「なぁ宗次郎。その後、伊庭の息子とは会ってるのか?」

「もちろんさ!!」

「嬉しそうな顔だな」

「お蔭様で」


会話が途切れたのを見計らって、おもむろに口を開いた。


「伊豆。お願いがあるんだけど」

「何だ?! 暇乞いとまいか?」


いきなり核心を突かれて一瞬返答に困る。


「い、いやそうじゃないんだけど…」

「でも、暇乞いだろ?!」


この人にも誤魔化しはきかない様だ。


「そうじゃなくて… 今後はその… 芸だけで呼んで貰えないかねぇ?」

「儂との関係はなしにしてくれってことだな?」

「そうなんだけど、座敷だけは呼んで貰えると有難いんだけど…」

「都合の良い話だと思わないか? なぁ、宗次郎」

横目でちらと見る目線が心の中を覗いている様に鋭い。


「散々世話になって、勝手なことを言ってるのは判ってる。でも伊豆と二人の

座敷も多いし、あいつを不安にさせたくないんだ」


「儂とお前のことも話たのか?」

「言った。あいつには綺麗事を並べたくないから」

「ほぅ、それであいつに別れて来いと言われたか?」

「あいつは、そんなこと言わねぇよ」


「お前の意思か?」

「あぁ」


「知識も、人との付合い方も、男女のことも、儂から学ぶだけ学んで

好いた人が出来たから別れてくれと言うんだな?」


「教えて貰ったことも、助言もお説教してくれた事も感謝してる。今まで

誰よりも俺のことを見ててくれたし、俺達のこともはなから知ってる、

だからこそ伊豆に認めて欲しいんだ」


「なぁ宗次郎、お前さん儂の気持ちを考えたことがあるか?」

「へっ?!」

「素っ頓狂な声をだしおって。儂は何の思いもなくお前とねや

ともにしていたと思うのか?」


「何の思いも無く…とは思わないけど… 色恋とは別物だと…

違ったのかい? そうだとしたら俺が相談したり、上手くいった事を

話したりして、知らず知らずのうちに傷つけてたんだよな?

まさか、そんな事があると思ってなかったんだ。本当に申し訳ない」


俺は素直な気持ちで伊豆に土下座して謝った。


「お前が土下座して謝るとはな。そんなに、あいつが好きなのか?」

首を縦に振って返事をする。


「仕方ない。お前の望み通り座敷だけで我慢してやってもいい。但し、、、」


「ただし…?!」

言葉を切った伊豆の顔を見ようとした瞬間に腕を掴まれ

気づいたら後ろから抱きしめらる格好になっていた。


伊豆の方に振り向くと、そのままくいと指で顎を持ち上げられた。


「最後にもう一度抱いていいか?! そうすればお前の望みのまま、

今までどおり座敷も呼んでやるし、後ろ盾として助けてやってもいい…

どうする、宗次郎?!」


あぁそうきたか…。今、伊豆とそうなるのは不本意だけど

今までの恩とこれら先の事を考えれば、身を任せるのもありかもしれない。


「伊豆… 本当にこれで最後にしてくれるかぃ? ただ今の俺は前以上に

何も感じない木偶になってそうだけど…。それは諦めて欲しいんだ。

今の俺が欲しいのは秀頴だけだから…」


突然、伊豆は腹を抱えて笑い出した。


「お前も少しは人のことを考えられる様になったんだな!!

以前は手のつけられない野良犬みたいな奴だったのに。

よくぞここまで成長したもんだ!」


「そんなに可笑しいかぇ?」

「ほんの少し前までのお前なら自分を犠牲にすることは、

考えもしなかっただろう? 成長といえば成長なのだろうが、それだけお前は

あいつに惚れてるってことだろう。そう考えたら可笑しくてたまらん!!」


「もしかして、、また引っ掛けたのか?」

「お前の反応によっては本気で抱くつもりだったが…。お前の気持ちが

本物と判れば、儂もそんな無粋なことはしたくない。

でもな、伊庭の息子には話したいことがある。今度は二人で挨拶に来なさい。

それで許してやる」


「えっ… あいつに話したいことって…」

「それは直接本人に言う。それにな儂もお前達二人を並べて

本当に幸せそうな顔をしてる所をみてたいのだよ。判ったな?!宗次郎」


有無を言わさない押しの強さに負けて、後日、俺と秀頴は二人そろって

伊豆に挨拶することになった。



後日


 二人を並べて幸せそうな顔をしてる所をみてたい だと?!

そう言ってた筈なのに、この状況は一体何なんだ?!


その日、二人で伊豆の座敷に入ると開口一番

「おぉ来たか。伊庭は儂の前、ここに座れ。宗次郎、お前はその

入り口のところで良いと言うまで、そこで三味を弾きながら唄ってなさい」


「えっ?! 今日は客じゃないのかよ?」

「せっかく来たのに三味の音1つ唄の1つも聞かせてくれても良かろう?

それにお前がいると話の邪魔になる」


「だったら俺を呼ばなきゃいいだろうに…」

「ほぅ儂と伊庭の二人で会っても良いのか?」

「会ったところで何もしやしないだろう?」

「さぁどうだかなぁ」

「えっ?!」

伊豆は俺の驚いた顔を見て楽しそうに高笑いを始めた。


 伊豆が話をして秀頴が頷く。秀頴は背を向けているので

表情はわからないが、時折二人して俺の方を向いては笑っている。

間違いなく俺のことを話してるというのに蚊帳の外だ。


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