江戸013 もうしおくる参ノおまけ
気がかりだったことも無くなり、わが世の春を満喫している。
これまで仲間の色恋を冷めた目でみていたけど、やっとその気持ちが
判るようになった。会う前の高揚感。会った後の淋しさ。
そのひとつ、ひとつが貴重な出来事に思えた。
お互いの想いも通じ合い、憂いは無くなったと思っていた頃
酒を酌み交わしながら秀頴が口を開いた。
「ねぇ宗さん。こないだ時間が出来たから来てみたんだけど
この街の中を歩き回っても、見つからなかったんだ」
「そりゃいつの話だい?」
「一昨日かな」
「あれっ?! その日はいたはずなんだけど… 置屋の帳場はのぞいたかい?」
「置屋?」
「あーわかんねぇか。俺が所属してる店みたいなもんがあってね
そこから各座敷に行くんだよ。だから置屋に行けば、その日に俺が何してるか
判るんだけど…。あぁ教えてなかったか… 置屋の名前は『たちばな』で
場所はまた今度一緒に行こう。帳場の連中には秀頴が来たら俺の所在を
教える様に頼んでおくよ。それなら大丈夫だろ?」
「うん。そうだね」
「それ以外で所在がわかりにくいのは、、、喧嘩の仲裁に行った時かな」
「わかった… でも人様のお座敷じゃ入れないよね?」
「その時は置屋に戻るまで帳場で待ってたらいいんだけど…
あぁ伊豆の座敷で教えられないのがあるな…。客人がなきゃ入って来ても
いいかもしれないけど、伊豆の許可がないと駄目だしねぇ」
「うん。伊豆守様の座敷は気を遣うから願い下げだよ」
ん…?! 秀頴の口調がいつもと違うと感じるのは気のせいか?!
「まぁこれで俺の予定が判るから嘘ついたり浮気してりゃすぐ判るから、
そう言う意味でも安心だろ?」
「そうだね。伊豆守様の座敷以外はね」
「あの人の座敷は曲者だからねぇ。客人の名前は明かせないし…」
「そうじゃなくて!! 宗さんと二人の時はどうなの?」
「へっ?! どうって何が?!」
思ってもない反応に驚いた。自分が全くそういうつもりのない相手でも
嫉妬心は生まれるもんなんだな…。
「ねぇ宗さん。宗さんと伊豆守様って…」
「判った!! 皆まで言うな!! 俺も秀頴に言わせたくないから…」
「うん。それで、、、どうなの?」
「正直に言うけど、何もないとは言わない。でも好きだとかそういうの
ではないんだよ。前も言ったけどさ、小さい頃から疎まれてるだけあって
武家としての嗜みをまともに教えて貰えずに育ったんだ。
それを教えてくれたのが、道場の周斎先生と伊豆なんだよ。それにこの花街で
人として色々と教えて貰ったり、助言してくれたり
本当に親代わり… いや本当の親はいねぇも同然だから親そのものって言っても
いいくらい世話になってる人なんだ」
「そういやさ、宗さんの親って…」
「あぁ親なぁ… ほとんど会ったことないんだ。唯一見たのが…母親かな。
それも一度だけだし」
「話をしたこともないの?」
「あぁ話なんざ出来る状況じゃなかった。あれが母なのかも定かじゃないんでねぇ」
「えっ?! どういうこと?」
「また家の恥を晒す事になるけど、幼い頃に俺が見たのは座敷牢で
髪振り乱して高笑いしてた姿だけだから…」
「変なこと聞いて、ごめん」
「いや秀頴なら構わない。本当のことだし嘘はつきたくないんだ」
「うん。ありがとう。で… 伊豆守様は… 俺達のこと知ってるの?」
「俺がずっと片恋で悩み続けてた時から相談してたからねぇ」
「何か言われた?」
「いや全然。でもさ俺達の事をどうこう言われる筋合いはないだろ?」
「ん… それはそうなんだけど…」
「どうした? 何かあるなら聞いてくれなきゃ判らないよ」
「伊豆守様って言えば、身分だけでなくて知識も人としても俺なんかと
比べ物にならないでしょ。どう考えても伊豆守様が何もかも上なんだよ?!
なのに宗さんは俺でいいの?」
「へっ?! 俺は伊豆を抱きたくはないけど」
想像するのも憚られる様な光景に笑ってしまう。
「そうじゃなくて!!」
秀穎は真剣に心配しているのに、俺がふざけてるからご機嫌斜めの様だ。
「伊豆を綺麗だと思ったこともないし、秀頴と同じ意味で好きだと
思ったことは全くないから心配しなくていいのに」
「本当に?」
「もちろんだよ。伊豆にはちゃんと話しをする。でもあの人は粋人だから
人の恋路を邪魔する様なことを言う人じゃないぜ」
「そうだといいね…」
秀頴は心配そうに俯いた。
「大丈夫、俺には秀頴しかいないから」
片膝を立てた姿勢で頬杖をつく。少し斜に構えたまま
じっと秀頴を見つめ誘う。
「なぁ… 秀頴。そろそろ、こっちに来ないかぃ?」
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